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アマノジャクはこう考える

松尾さんの講義、楽しかった!

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 本日、尚古集成館まで行ってきました。歴教協のフィールドワークの打ち合わせのためです。駐車場がいつも以上にいっぱいでした。集成館の芝生の上にまで車が停めてありました。「妙に軽自動車が多いな」とは思いましたが、「夏本番で観光本番」ということだろうと勝手に推測したところ、事実はそれとは関係なく、近所の磯ビーチで「ビーチバレー大会」が開かれるために臨時駐車場にさせられたようでした。島津斉彬の作らせた重要文化財も時には妙な使われ方をするもんですね。さて、奥の駐車場に車を停めた私は、このくそ暑い日にネクタイを締めて集成館に直行しました。そして、学芸員の松尾さんを訪ねました。本館を訪ねた所、事務所は別館にあるとのことでした。本館は史跡ゆえに空調設備がきかないために仕事場は別館にあるようでした。別館に入ると、正面の扉があいて写真のような「好々爺」としたおじちゃんが現れました。この方が松尾千歳さんでした。すぐに事務所に案内されました。わたしは「忙しい身だろうから用件を早めに終わらせ、30分くらいしたら失礼しよう」と考えていました。が、結局90分居座ってしまいました。フィールドワークの打ち合わせというよりは、松尾さんの「鹿児島近世史の講義」を受けたような感じでした。もちろん、楽しかったです。やはり私「日本史専攻」なんですかね。ヒノクマ先生の話もそうですが、松尾先生の話も「とってもとっても興味深い」ものでした。松尾さんが強調されていたのは「薩摩は武の国のイメージが強いが、実は歴史的に高い文化と科学技術を誇る国であったんだ」ということでした。私は、「それは島津の存在があったからですか?」と尋ねたところ、松尾さんは「いや、島津はいてもいなくても関係ないことで、地理的要因が大切なのです。琉球や中国など外国への玄関口にあった薩摩は常に交流と先端技術の真っ只中にあったということです。」と答えた。そして様々な資料で証明してくれた。私が驚いたのが薩摩藩が元禄時代に作ったという地図でした。他の藩がいかにもという大雑把な地図しかつくっていないのに対して薩摩は伊能忠敬の地図とほとんど変わらない正確な地図をつくっていたのです。つまり、高度な測量技術を持っていたのです。木曽川治水工事にしても、単なる「幕府のいじめ」ではなく「それだけの土木技術を持っていたゆえ」と推測されていました。それ以外にもたくさん話してくれました。私も最近そのあたりを勉強していたので、結構話についていくことができました。征韓論のことなども思い切って聞いてみました。そこらへんはまたゆっくり書きたいと思います。特別展「島津斉彬展」も松尾さんじきじきに解説してくれました。個人的に思っていたこともぶつけてみました。「久光はもっと見直されていい人じゃないでしょうか。」松尾さんも同じことを考えているようでしたが、「斉彬がずば抜けていましたからね。」と付け加えていました。結局、フィールドワークの全行程に参加してガイドをつとめて下さるとのことで、資料も全部作ってもらえるようでした。いやあ、私は一気に楽になりました。あ、そうそうちゃっかりと本にサインもしてもらいました。松尾さん、ほんと素朴でいい人そうでした。
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Commented by ska37o at 2008-07-10 17:08
横須賀から帰ってきてですが,ぜひ参加しなきゃ!
by yksayyys | 2008-07-06 22:06 | 社会 | Comments(1)