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アマノジャクはこう考える

フィールドワークの記録として

 何度も話題にした歴教協のフィールドワークですが、会報用に原稿を書きましたので、一部載せます。「はじめに」「終わりに」を除いた文章です。記録として

(1)石橋記念公園
 f0066076_1427982.jpg集合場所は、石橋記念公園だった。集まったのは17名。予想を超える参加人数だった。私は、単に「駐車場が無料で広いので」という理由でここを集合場所にしたのですが、実はここに篤姫の実家今和泉家の屋敷があったと聞きその偶然に驚いた。駐車場で松尾さんから篤姫や今和泉家に関する概略を聞いたあと、記念館の中に入った。いつもは休憩場所としてしか使わない会館の中に多くの貴重な展示があることに気づいた。特にホールにある鹿児島城下の地図には多くを学ぶことができた。






(2)八坂神社
 f0066076_14281130.jpg会館を出て、復元西田橋を渡り、門をくぐりこの門の説明を聞いた。薩摩の武士たちは、参勤交代でこの門をくぐった時に「ああ、帰ってきた」そう思ったのではないかと考えた。その後、隣の八坂神社へ行った。島津五社のひとつである。篤姫や斉彬の本を読むとこの「五社参拝」という記述をよく目にした。神社には次々に「御神輿」が運ばれてきた。前日が「おぎおんさあ」だったのである。いいものを見た気がした。学生時代を京都で過ごした身としては「祇園祭」「八坂神社」は懐かしい名前であった。
(3)今和泉下屋敷跡
 古い石橋を見た後、車に分乗して、清水小横で降りた。今和泉家の下屋敷跡が小さい案内板に説明されてあった。松尾さんの話によると「自治会の判断で、目立つ看板を立てると人がごったがえして迷惑だし、かといって史跡なのでこの程度の案内板にした」とのこと。少々笑える話であった。
(4)福昌寺跡 示現流
 島津家の墓地がある福昌寺跡を訪ねた。そこで珍しいものを見た。示現流の練習風景を見た。ひとりの男性が、木々を束ね、それにめがけて奇矯な声を出して木刀を振り下ろしていた。この男性は、我々に示現流のことをこと細かく説明してくれた。参加者も交代で木刀を握らせてもらった。思わぬ「体験学習」となった。個人的には、「あんな声でとびかかってきたらそれだけで相手は怖いだろうな」と思った。その後、斉彬の墓など藩主の墓や銃の弾痕跡などを見学した。
(5)浄光明寺 南洲墓地
 西郷と西南戦争の兵士の墓のある南洲墓地に向かった。が、目的場所はその横の浄光明寺であった。珍しい時宗の寺で、廃仏毀釈の前は今の南洲神社を含む膨大な敷地を持つ寺であったという。鹿児島では相当の格式のある寺なのだそうだ。高台から当時の城下町を想定した説明を受けたが、参加者一同だいぶ暑さに参ってきたころでもあった。
(6)尚古集成館
 最後の場所は集成館。本来は入館料を1500円取られるのであるが、今回は「教育関係者である」ことの減免措置で何と無料にしてもらっていた。早速館内で松尾さんによる懇切丁寧な説明を受けた。参加者の数名が「あれ、以前と展示が違う」と言っていた。私も前回そう思った。実際、展示を変えたそうである。「薩摩関係なんでも」はやめて「薩摩藩と近代化」に内容をしぼったということであった。「薩摩がいかに近代技術に優れていたか。外国に開かれた地であったか」松尾さんが最も伝えたかった話がここでたっぷり聞けたように思う。その後、仙巌園内の反射炉や大砲を見てすべての日程を終了した。
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by yksayyys | 2008-07-27 14:14 | 社会 | Comments(0)