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アマノジャクはこう考える

「私は貝になりたい」から考える

 友人から「私は貝になりたい」に関するHPの文章を紹介され、早速読んでみました。この文章を書いたのは林博史さん。歴教協全国大会の講演をされた方で、歴教協内部ではいろいろ議論を醸し出したようですが、私は「さすが歴史研究者」と大いに評価した講演でした。このブログでも称賛した覚えがあります。この文章は、本の紹介の一文ですが、一部引用してコメントをはさみます。(林博史『戦後平和主義を問い直す―戦犯裁判、憲法九条、東アジア関係をめぐって』かもがわ出版、2008年より)

 実際にこういうことがあったと信じてしまう人が多いのですが、これは明らかに事実ではありません。戦犯関係の資料を見る限り、二等兵で死刑になった人はいません。映画の「私は貝になりたい」は明らかに、まったくなかったことをあたかも実際にあったかのごとく人々に印象づけた、その点で戦犯裁判についての間違ったイメージを広めた映画です。
 二等兵で死刑判決が下された例もありましたが、後で減刑されて死刑にはなっていません。上官の命令に従っただけであるというケースでは、死刑判決が下りた場合でも、減刑されています。原作は、後で触れるように非常に優れた著作ですが、映画はきわめてひどいものです。フィクションは必ずしも事実に基づく必要はありませんが、すぐれたフィクションは現実の本質を鋭く抉り出すものです。しかしこの映画はむしろそこから眼を背けさせる役割を果たした映画だと私は思っています。


 「BC級戦犯の二等兵で死刑になった人はいない」とはどこかで目にした文章でした。「そうかもしれない」とは思いましたが、「死刑になった」事実はなくても「死刑判決がおりた」という事実だけでも私にとっては重たい事実といえます。ただ、この映画を観たら「そういうことがあった」と思う人はいるでしょうね。

 上官の命令に従っただけの善意ある市民の兵士までもが戦犯として処刑されてしまったという虚構の作品が作られたとしても、それ以上に大きな問題は、それがどうして日本人のなかで広く共感をもたれるのかということでしょう。人がいい、善意ある庶民が戦争に巻き込まれ、悲惨な目にあったという主人公の姿に自分を一体化させて、自分たちもみんな被害者だったんだという思い込みによって安心できるからかもしれません

 ここらあたりの判断は難しいと思います。「騙されることの責任」という言葉があるように「善意ある庶民が戦争を支えていたんだよ」と反論することは可能ですし、私もそう思っています。しかし、この映画いや脚本が意味するところは「無差別爆撃」にせよ「BC級裁判」にしろ、「庶民の命、人権が虫けらのように扱われた」ということではないかと思います。「牛や馬はいやだ、またこき使われるから。私はいっそ貝になりたい」という言葉はそういう意味で使われているのだろうと思います。
 私の両親は76歳ですが、やはり「アジアの民衆にひどいことをした」という意識はほとんどありません。が、「戦争ですべてが狂わされた」という意味のことをよく言います。加害の認識を持つことはなくても戦争は憎んでいます。林さんはそこに「戦後平和主義の欺瞞」を嗅ぎとっているのだろうと思います。しかし、私は「戦争を憎む心情」自体は肯定すべきだろうと思います。
 拒否できない赤紙で召集され、不条理な軍隊生活に巻き込まれ、戦闘行為を強いられた「人生」のひとつひとつを考えると、それを「はねかえせなかった弱さ」よりも「それを強いた絶対権力」そのものへの憤りの方がはるかに強いといえます。あの理髪師を責める気にはなりません。
 
 でも、あの理髪師が生きていて「天皇制」をどう考えて「戦後民主主義」をどうかんがえたであろうかは全く別なことだろうと考えます。

 この文章は本の「まえがき」です。全体を読んで、それからまた考えてみようかなと思います。
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Commented by ひまわり博士 at 2008-12-18 14:26 x
はじめまして。
BC級戦犯に関する記事をあさっていたところ、こちらにたどり着きました。
私も林博史教授とほぼ同意見です。まあ、あそこまで全否定しなくても、とは思いますが。(笑)
ドラマが放送された1958年当時と今とでは、状況がまったく違います。当時はまだ戦争と人々の距離にあまり隔たりがなくて、真実とフィクションを判別できる人が多数を占めていたので、あくまでもドラマとして高い評価を得られました。
しかし、現代人が見たら鵜呑みにしてしまうでしょうね。
私のブログにいささか長い文章ですが意見を掲載しました、よろしければお立ち寄り下さい。
by yksayyys | 2008-12-16 22:24 | 社会 | Comments(1)