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アマノジャクはこう考える

日吉探索(1)2カ所の慰霊

 天気が悪いため、思いつきで「今日は隣の日吉地区を探索しよう」と決める。まずは「慰霊塔」。役場で「護国神社は?」と聞くと「ない」とのこと。「慰霊塔は?」と聞くと「ほら、あそこ」と役場の庭を指さす。あった。すべて、質問に対する返事は受付奥のメガネをかけたおばさん。「物知り」なんでしょう。私とのやりとり、大声すぎて職員一同みんな見ていた。
 早速外に出ると、よくあるタイプの形の慰霊塔がある。碑文は「差し障りのない文章」滅私奉公のものには変わりはないが、「大東亜」とかの言葉はない。建立は1974(昭和49)年。たぶん文章にかなり気をつかいだした頃なのではと推測する。
 その後、ある山の小高い丘の公園に行く。ここは「8,6水害」の年にあった台風による地滑りで全滅した集落の跡。死者も多く出た。事故直後によく現場を見たが、つぶされた家の姿が「凄惨そのもの」であった。親子で合掌。f0066076_12511171.jpgf0066076_1251406.jpg
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Commented by shin-pukupuku at 2006-03-01 00:26
地域や時代によって,当然のことだけど,文言が変わるのですね。しかし文言は郷土のために身を捧げたという郷土愛が基盤になっていますね。
by yksayyys | 2006-02-28 12:51 | 社会 | Comments(1)