「ほっ」と。キャンペーン

ブログトップ

アマノジャクはこう考える

カテゴリ:読書( 436 )

 直木賞受賞の「蜜蜂と遠雷」がなかなか進まない(面白いのですが、何せ大部なので)ので、同時進行で読み始めたのがこの本です。岩宿遺跡発掘の相澤忠洋から発掘捏造の藤村新一までの「光と影の考古学界群像劇」です。著者の書いたものは、以前被差別部落や解放教育を扱ったものを読んだことがあります。いわゆる高学歴のインテリではない、人間味あふれるタッチのノンフィクション作家と言えるのではないかと思います。考古学というと私は、月に1回は会っている社会科のN会長を思い浮かべます。この本に出てくる「考古ボーイ」という言葉はまさにN会長のような人を指すのだろうと思います。遺跡や発掘の様子を話す時のあのいきいきとした表情に接する時、「そんなにも楽しいものだろうか」と思ってしまうものです。しかし、この本を読むとその熱気というものが痛いほどよくわかるような気がします。戦後、皇国史観から解き放たれた考古学は「そもそも日本人のルーツは?」を科学的につきつめるための魅力的な学問となりました。が、戦後まもなくまで日本には「縄文時代以前の旧石器時代というものは存在しない」のが常識だったそうです。そこに相澤忠洋が関東ローム層の中に打製石器を発見する。大発見中の大発見なのですが、学界というのは研究者の世界というのはそう簡単に「めでたしめでたし」とはいきません。このあたりは、私も少しは経験したような気がします。学閥であったり、研究者の縄張りであったりというものは今でも存在しますし、結構な「タテ社会」だなと感じることがあります。ただ、そんな中、芹沢長介をはじめとするアカデミズムの人間といわゆる考古ボーイたちがつながって、画期的な発見へとつながっていくストーリーは実に感動的だと言えます。・・・・それが後の「神の手」の事件につながるというところはやはりこの大宅壮一ノンフクション大賞受賞作家の「腕」というところでしょうか・・・・
[PR]
by yksayyys | 2017-02-14 20:45 | 読書 | Comments(1)

 直木賞受賞作品「蜜蜂と遠雷」は面白そうです。というか読み始めているので正確に言うと「面白い」です。やはり、私は文体よりはストーリーの方に惹かれるようです。500頁に及ぶ大作ですが、ワクワク、ドキドキの場面展開に身も心も躍っています。わかりやすい文章、スリリングな展開。私は大衆文学向きなのでしょう。眠る前の時間に読み進めることにしていますが、今からその時が楽しみです・・・
[PR]
by yksayyys | 2017-01-31 20:30 | 読書 | Comments(0)

 第156回芥川賞作品である。前回に引き続き芥川賞・直木賞作品を読むことにした。直木賞作品の方はずいぶん分厚かったので薄いこちらの方を読んだ。読むのに2時間とかからなかった。読むスピードはあまり速いほうではないのだが、それでもその程度だった。 
 読後感は「何が面白いのだろうか」のひとことであった。倉本聰が作った富良野塾二期生の1年間を二期生のひとりである著者が丹念に日常を描いたものであった。おそらくほとんどが本当の話なのであろう。だから、一貫したストーリーというものはなく、やたらと風景描写、状況描写が細かかった。ああ、これが純文学というものかとも思った。本の帯には「音楽を聴いているような小説」とあったが、そう言われてみるとそうかなあと・・・・
 次は直木賞作品。音楽を聴いているような、ではなく音楽を素材にした長編小説である。芥川賞作品は120頁くらいだったから4倍以上の長さである。しかも2段組。でも、こちらの方がハラハラドキドキで面白いような気がしている。

[PR]
by yksayyys | 2017-01-29 16:04 | 読書 | Comments(0)

 言わずと知れた「クローズアップ現代」のキャスターを務めた国谷さんのまさに「クローズアップ現代」を扱った著書です。私がこの本を読み進めながら思ったことは「国谷さんという人は日本人離れしたジャーナリストである」ということでした。でも、理由はおそらくとても簡単な事でした。国谷さんが外国育ちの帰国子女であったということです。語彙、知識ともに「日本語がよくわからない」という国谷さんにとって帰国子女ゆえの「ストレートな発想」と逆に「日本を知らねば」という意欲がこの番組を支えたのだろうと思います。この本の中にある「私はこういう力をつけた」「私はこういうことが出来るようになった」という断定調の言葉は「純日本」の人間からはなかなか出てこないのではないかと思いました。それだからこそ、世界の要人や日本のキーマンたちに臆することなくインタビューできたのでしょうし、多くの人々の支持と賞賛を得たのだろうと思います。こういう人たちはまだまだメディアの中にはたくさんいるのだろうと思いますし、そう信じたいと思います。
[PR]
by yksayyys | 2017-01-28 19:33 | 読書 | Comments(0)

桂太郎と参謀本部

 「国際化時代と『大正日本』」を読む中で「教科書的通史」の修正を必要とする記述もあった。桂太郎と参謀本部と書いたが、2つに直接的なつながりはない。
 桂太郎はこれまで「第一次護憲運動」で「閥族」の代表的人物として倒閣運動の対象となったこととして有名である。尾崎行雄が桂を批判した時の「玉座を以て胸壁となし、詔勅を以て弾丸と為す」の言葉は当時の国民を十分に鼓舞しただろうと思われる名セリフである。しかし、桂の実像はかなり違うようである。立憲政友会に対抗して立憲同志会という政党を作ったのは知っていたが、これまでの知識では「政党政治勢力をつぶすために官僚等を動員した政党」というイメージであった。伊藤博文が自由党、立憲改進党に対抗して立憲政友会を作ったのと同じ理由である。しかし、この立憲同志会は社会政策を掲げるなどかなり進歩的な考えを持つ政党であったようである。政友会の「利益誘導」体質に反発する勢力が結集した側面があるとのこと。後藤新平の入党は典型であるし、若槻礼次郎、加藤高明などかなり洗練された人物も結集していた。桂は倒閣運動によって首相を辞任し、のちガンで亡くなってしまい、この政党は加藤高明によって引き継がれていく。最後は民政党として2大政党に成長することにもなる。 
 統帥権の問題がのちの軍国主義の台頭を許す事になったとよく言われるが、その統帥権の元凶参謀本部が政府の統制から離れたのは実は桂内閣後の山本内閣の時である。山本内閣は、軍部の横暴を抑えるために陸軍大臣の現役武官制を廃止しその対象を退役軍人に対象を拡大した。退役軍人に軍部の命令は届かないために、それはそれで軍を抑える事に役立ったと思われる。が、その時に軍が組織改革を行い、軍の編成権など実質的権力を陸軍省から参謀本部に一括して集中したのである。軍の暴走を抑える政策が軍の暴走を許す改革につながったという皮肉な結果となったのである。
 

[PR]
by yksayyys | 2017-01-22 09:15 | 読書 | Comments(0)

 通史ものの中で最も読みやすいのはもちろん近現代史である。時代背景や用語が理解しやすいせいもあるし、何せ資料が豊富であり出てきた史料を素通りせずに読むことができる。ただし、戦後史くらいになると「同時代史」になってくるし、著者の思想・信条が(左右を問わず)明確になってイライラすることもある。ということで、明治から第二次大戦あたりまでが自分にとってはちょうど良い。その中でも「大正」という言葉にはどうも弱い。「大正」という名のつく本をすぐに買ってしまう。大学の卒論がそこだったからという理由もあるが、正確には興味・関心があったからそこを選んだというのが正しい。だいたい、あの卒論なんてゴミと一緒である。頭のいい中学生なら夏休みの宿題で書いてしまいそうな内容である。 
 そんなお気に入りの「大正」なのだが、最近「大正デモクラシー」という言葉をとんと聞かなくなった。「やっぱり」という感覚が私にはある。私の周囲の人々はほとんど「大正デモクラシー」を評価しない。理由はうなずけるものも多い。「デモクラシー」を唱えた人々がその後雪崩をうったように「ナショナリズム」の担い手となっていくからであり、その思想内容も「天皇制の枠内の民主主義」であるからである。あるいは外来の思想をそのまま直輸入した「民主主義」「社会主義」だったということもある。ただ、当時は世界中がそういう雰囲気にあったということは重要であると思う。「国際協調」というのは列強主導であれ、世界標準の考えであり「民族自立」もタテマエとはいえ理屈では十分まかり通っていた。ざっくり言うのははばかられるが、実に多様な形で、雰囲気として「人権」「民主主義」「平和」という雰囲気が日本や世界を覆っていた時代である。そこになにがしかの夢を託して考え動いていた人々の事を考えると何となく心が動いてしまうのである。
 私は、この時代と今がどう違っているのだろうと思うことがある。スマホやロケットなどの「文明の利器」はともかく人々の頭の中はこの頃とあまり変わっていないのではないかと。天皇、政党政治、財閥、右翼に左翼、メディア、警察、軍隊、女性、マイノリティ・・・この頃洋服を着てトンカツやカレーライスを食べて円本を読み、映画や芝居、落語、相撲、野球を楽しみ、デパートに買い物に行った庶民達。その人たちがその後軍国主義や独裁者に期待していった事と今の人たちが安倍やトランプに期待している事とどれほど大きな違いがあるというのか。今トランプの就任演説が批判の的となっているが、オバマの退任演説も「格調高い」と評価する声がある一方「またリベラルのお説教か」との批判も多いという。
 歴史の本は歴史の本で楽しみたいし、実際に楽しいのであるが、こういう世の中だとどうしてもそういう事を考えながら読んでしまう自分がいる。
 あと、様々なマイノリティが自らの不遇に気づき立ち上がる姿が何ともかっこいいのである。いつの世も「何もしない人々」の「評論」はうんざりするものである!

 ※ 最近、ようやくという感じで大正天皇の評伝が相次いでいる。が、評価はバラバラのようである。両「大帝」に挟まれ、扱われることが少なく「病気」のみが強調される気の毒なイメージであるが・・・

[PR]
by yksayyys | 2017-01-22 08:21 | 読書 | Comments(0)

 タイトルほどに軽い本ではありません。ただ、博識の社会学者の「言いたい放題」という面は確かにあります。しかし、このように原始・古代から近現代までの日本史を世界史を背景に縦横に語ることができる人はすごいなとも思います。
 興味を持ったのは、日本における「武士」の存在です。マルクス主義歴史観が強かった時代は武士が「革命集団」として扱われていたという風に聞いています。なるほど、自分のまわりにある著書や教材にそれを匂わす文献はたくさんあります。それがいつしか「残忍な人殺し集団」のように解されていったのも逆に面白いなと感じます。この本の中でも武士が「暴走族」や「暴力団」のように扱われる下りは、私にとってはとても説得力があります。近くにああいう集団がいればそんな風にしか思わないだろうなと思うからです。「武士道」なる言葉を美化して語るという行為もそういう流れを考えればおかしなものだなと思えてきます。
 読むほどに知識は増え、読むほどに知識が消えていく。そういう本です。それでも残った知識が自分にとって必要だったということでしょうか。

[PR]
by yksayyys | 2017-01-10 20:11 | 読書 | Comments(0)

 文春、新潮、PHPの新書を買うことはあまりないのですが、梅棹の評伝とあって購入しました。高度成長、ソ連崩壊、情報化社会、専業主婦の減少、などをすべて予言し言い当てた文化人類学者です。国立民族学博物館の設立に尽力し自ら館長にもなりました。有名な著書には「文明の生態史観」「知的生産の技術」があります。「左右の幅」があり「自由」の学風があり、共同研究が得意な戦後「京都学派」の代表的な学者でもあります。面白かったのは、今西錦司との関係でした。今西とは、「山登り」でも研究でもつながりの深いいわゆる師弟関係にあるのですが、モンゴルの「遊牧論」が今西説として世に紹介されると、声を大にして「あれは私の説だ」と主張し続けたのだそうです。研究の世界でよく聞かれる剽窃を匂わせる部分でした。かと言って両者に確執があったというわけではないようです。
 そういう人間ドラマがないと、野次馬はこういう本を読み通すことは難しいです。幸い、誰の評伝を読んでもこういうエピソードはよくありますね。

[PR]
by yksayyys | 2017-01-07 09:32 | 読書 | Comments(0)

 凶悪犯罪は増加しているわけではない。逆に年々減少してきている。今でも日本は世界で最も治安の良い国のひとつである。この事実を私たちは忘れがちになる。メディアで飛び交う凶悪事件の数々についつい「世の中おかしくなった」と言い「戦後教育の間違い」などと言い出すものまで出てくる。しかし、海外ではあまりに多くの凶悪事件の発生に「ニュース」として扱うことがないという事をどこかで聞いたことがある。そして、もうひとつ私の体験として・・・学生時代に明治からの新聞記事を調査している時に、ついつい調査目的を忘れて昔の三面記事を読みふけっている事があった。昔の新聞は今の週刊誌以上にゴシップ、スキャンダル満載で個人情報もへったくれもない記事内容であるが、ものすごい凶悪事件が目白押しであった。この本はそのような戦前の犯罪史を政治・経済・社会のあらゆるジャンルから選んで記録したものである。私が印象に残ったのは「鬼熊事件」であった。田舎でおきた痴話事件に端を発する連続殺人事件で、犯人が逃亡し、それを警察と新聞記者が追いかけるという内容であった。この事件を本書は、「近世社会から近代社会への過渡期における犯罪」という風にとらえていた。例えばどういうことかというと、きっかけは加害者が情婦を若い男に寝取られたことに復讐するというものであったが、新聞記者の取材や加害者の逃亡の経過で感じられることは、村の人々が「他人の女を寝取るのはダメだ」と感じ加害者に共感を寄せるというものである。今では「理不尽」「そんなことで」と思うであろうが、当時はそうではなかったということである。そういえば、私の田舎でも結構奇っ怪で凶悪な事件があった。しかし、新聞記事にはならず、私の母などは「あの家の家系は・・・」などととんでもない事を言っていた。おどろおどろした感覚が高度成長期にもあったのである。「犯罪は時代を映す鏡」というが、今でも十分に通用する言葉である。・・・ということで運転免許証の更新に出かけてきます!
[PR]
by yksayyys | 2016-12-18 06:31 | 読書 | Comments(0)

 このような内容の本は以前は「噂の真相」か「宝島」、今だったら「週刊金曜日」あたりから出されるものだろうと思う。時々広告は見ていたが、「選択」という雑誌はこういうタブー領域に切り込む存在だったということに気づく。
 今、話題になっている自民党東京都連やスポーツを牛耳る日体協などがどのような利権集団なのかということがよくわかる。個人的には、医療、薬品関連団体、小保方問題で有名になった理研などのいかがわしさに興味を持った。そして、ついつい「脂肪の吸収」「プリン体に強い」などの言葉に誘われトクホ食品に手を出してしまう自分を反省した。
 メディアの萎縮・自己規制が問題となる中、たとえ「スキャンダル雑誌」「ブラックジャーナリズム」と言われようが、真実をえぐり出し、権力に対峙するジャーナリズムをとことん応援したいと考える。
[PR]
by yksayyys | 2016-12-17 20:27 | 読書 | Comments(0)