カテゴリ:読書( 445 )

千葉雅也「勉強の哲学ー来たるべきバカのためにー」(文藝春秋)を読む

 売れてる本のようです。「どうして勉強しないといけないのか」なんて今さら説教されたくないや!と思っていましたが、ちょっと手にとって斜め読みしたところ、「確かにそういう事はある」!と思うところがあり、そのまま購入して読みました。勉強すると「浮く」「ずれる」そして「バカになる」。簡単に言うとそういう事ですが、著者はそれを積極的にとらえ「自分を変えること」だと言います。研究者と呼ばれる人たちと接していると時々そう思うことがありました。それは「研究への自信」と「世間とのずれ」だと思っていましたが、それをメカニズムとして説明してくれている気がしました。私もちょっとだけそういうところがあります。会話に「アイロニー(皮肉)」と「ユーモア(冗談)」を入れたがるんですよね。結果として「浮く」ことも多いですし「KY(空気を読めない)」(私のイニシャルではありません)と言われることがあります。それを今まで自分の血液型(B型)のせいにしてきましたが、この本を読むと「なるほど」と思うところが多々ありました。 
 別に自分を「勉強している人間」に分類しようとは思いませんが、これから「浮いたり」「ずれたり」した時はあまり気にせず「このままバカになってやろう」と開き直れる気がしました。私の友人にもそういう人たちが多いですがどうやら血液型のせい(だけ)ではないようです。

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by yksayyys | 2017-07-24 06:00 | 読書 | Comments(0)

上原善弘「路地の子」(新潮文庫)の衝撃

 この本、読み始めは「食肉業界」の描写のリアルさに感銘を受けていたのですが、読み進めるごとに「重苦しい」気持ちに包まれていきました。著者の父親を中心とする家族の物語なんですよね。差別を正面として扱うのであれば、そういう社会問題の視点から掘り下げていくのでしょうが、この本は今風で言うと「ライフストーリー」と言えます。ところがその「ライフストーリー」があまりに過酷で衝撃的すぎるのです。この過酷さと衝撃を「差別」問題に結びつける読者はあまりいないのではないかと思いました。私は「差別」に結びついていると思いましたがあまりにも強烈な個性と事件に満ち溢れたこの著書はあまりにも「劇的」すぎてノンフィクションとは言えない気がしました。そして、同和利権告発の経過を見た時に「新潮社らしい」とも思いました。 
 私は、この本の著者を心配しています。ここまで赤裸々に家族を中心とする周囲の人々を描いて大丈夫なのでしょうか。私にはこの著者のこの執筆の動機は「狂気」に近いとも思えました。きわめて私小説に近いこのノンフィクション!救われる者は誰かいるのでしょうか。

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by yksayyys | 2017-06-25 20:54 | 読書 | Comments(0)

上原善弘「路地の子」(新潮社)の迫力

 昨日届いたこの本を早速読み始めました。冒頭の文章がすごいですね。屠場の描写なのですが、実にリアルで迫力があります。以前、岩波新書「屠場」を読んだ時も衝撃を受けた覚えがありますが、今回はそれ以上と言えます。私の中学生時代、通学途中に屠場(当時は屠殺場と呼んでいた)があり、家畜の「悲鳴」が聞こえていましたが、このような場面があったんですね。この本は、被差別の立場にある者たちを描いたものです。著者はずっと被差別部落を描いてきましたが、今回「被差別を書くのは最後」と言っています。それだけに、これまで以上にリアルで迫力ある描写となっているのでしょう。一緒に購入した3冊の本を読むのも楽しみです。
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by yksayyys | 2017-06-21 06:33 | 読書 | Comments(0)

上原善弘という人

 今日、アマゾンで上原善弘の本を4冊注文しました。この人の本は面白いですよね。「差別と教育と私」「発掘狂騒史」など興味深く読ませてもらいました。今度「路地の子」という本が出ます。自伝モノで被差別部落を扱った内容の集大成と言える本のようです。ついでに、と言っては失礼ですが、それ以外に3冊の本も注文しました。魂のこもった4冊の著書。魂をこめて読もうと思います。

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by yksayyys | 2017-06-18 23:01 | 読書 | Comments(0)

ヒトラーの裁判官

 今日の朝日新聞の朝刊の読書欄にヘルムート・オルトナー著「ヒトラーの裁判官フライスラー」(白水社)の書評が載っていた。悪名高きヒトラーの人民法廷の裁判官である。私はすぐに映画「白バラは死なず」を思い出した。ナチス批判のビラを撒いた学生に対し、元共産党員の裁判官は弁護士もいない法廷でひたすら学生を糾弾する。そして、「万死に値する」と死刑を求刑し、残酷な方法で処刑する。映画の中の裁判官は元共産党員であったという過去を覆い隠すために逆に徹底的にヒトラー擁護の先頭に立つ。この書評を読むと、この人民裁判の裁判官たちの多くは戦後「ナチスの法に従っただけ」と罪を許され復職も許されたという。当人たちは自分たちも「ナチスの犠牲者」とみなし「後悔の念」もないという。書評にもあるように「どこの国にもどの時代にもある無責任体質」である。著者は何度も周囲に「今さらナチスの過去について書く必要があるのか」と問われたという。「歴史健忘症」はドイツだけではない。この国ではもっと深刻な形で進行している。
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by yksayyys | 2017-05-21 08:08 | 読書 | Comments(0)

娘がアドラー

 相変わらず対人関係が築けず泣いてばかりいる娘ですが、このごろ珍しく本を読んでいるので表紙を見たところアドラーの「嫌われる勇気」でした。たしかに娘にはいい本だなと思いました。以前も勧めようとしたことがありますが、最近特に「親の押しつけ」を嫌うので言うに言えないでいました。娘に「どうしたの、アドラーなんか読んじゃって」と聞くと、「先輩に勧められた」ということでした。おそらく、娘の日常生活を見た部活動の先輩が親切心で勧めたのだろうと思います。ジャニーズの雑誌以外何も読まない娘ですが、この本だけはずっと読んでいます。ただし、「難しい」そうです。そうでしょうね。中高生にはちょっと・・・かもしれません。でも、何か「ふっきれる」きっかけになってくれることを切に望んでいます。

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by yksayyys | 2017-03-31 20:37 | 読書 | Comments(0)

原田國男「裁判の非情と人情」(岩波新書)を読んで

 岩波新書の最新刊です。裁判官の「人間味あふれる日常」を裁判官本人が書いたものです。本の帯に山田洋次監督の「こんな裁判官がいる限りこの国の法曹界を信じたい」という言葉がありますが、まさにそう思わせる内容だと思います。この著者は藤沢周平と池波正太郎を愛読するだけあって庶民の哀感を大切にしていることがわかります。それが、裁判官の職務に結びついているところが何だかホッとするところです。法学者のUn先生が、口癖のように「最後は人だ」と言っていましたが、それを証明する本だと思います。まあ、そういう理屈をぬきにしても、裁判官の日常を知ることができるとてもわかりやすいユーモアあふれる内容です。岩波新書もずいぶん柔らかくなったなと思いました。
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by yksayyys | 2017-03-20 20:41 | 読書 | Comments(0)

村上春樹「騎士団長殺し」(新潮社)を読む

 発売日にネット予約し、先週の月曜日の夜から「寝る前の読書」で読み進めています。私も初版100万部に協力していることになります。睡魔に襲われながらの読書なのでなかなか進みませんが、今第1巻の終わりあたりまできました。「今度のはあまり面白くないなあ」と思っていましたが、途中からだんだん面白くなってきました。そういう構成になっているのでしょう。個人的には、初期のシンプルな作品が好きでしたが、この頃は最近のものもそれなりに面白いと思えるようになりました。 
 「困ったな」と思うのは、息子が読んでいることです。「蜜蜂と遠雷」も私よりもずっと早く読み終わった息子ですが、今度もこっそり持ち出して私より早いペースで読み進めているようです。中1が読むには「ちょっと」という箇所がずいぶんあるのですが、読み始めたものはしょうがないかな!と放っておいていますが・・・・

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by yksayyys | 2017-03-05 10:56 | 読書 | Comments(2)

呉座勇一「応仁の乱」(中公新書)を読む

 日本史の新書としては異例のベストセラーである。10月下旬に発行され、4ヶ月で14万部を超えているという。中公新書では以前「黄金太閤」もヒットしたが、それ以来であろうか。私も11月初旬には購入していた。奥付を見ると発行して10日余りで再版となっているので、最初から売れ続けているということがわかる。そういえば、朝日新聞の日本史コラムも人気の磯田道史からこの本の著者に替わっているので今が旬の歴史学者なのかもしれない。確かに切り口は面白く、これまでの通史的理解とは距離を置いた叙述なので面白いとは思うのだが、読みやすいかというと新書が一般向けの啓蒙書と考えると決して読みやすいとは思えない。数多の人物名、事件名はひとつひとつ整理していかないと、次の史実と結びついていかない。「応仁の乱以降の歴史がわかればよい。それ以前の歴史は現在を理解するのにわかる必要がない。」という言葉はずいぶん前から知っていたが、どうやら内藤湖南の言葉だったようである。厳密にその言葉がそうということはないであろうが、ある程度の説得力はあるようである。
 この本は応仁の乱の記述を奈良の興福寺からスタートさせているが、日本の隅っこにいる私の地域の歴史にもいろいろ関わりはあるようである。自宅の最寄りの神社は春日神社である。興福寺(藤原氏の氏寺)ゆかりの神社なのできっとこのあたりは藤原氏の所領であったのであろう。また、坊津に近衛某が流されたという史実を聞いたことがある。坊津には一乗院という大きな寺があったが、一乗院は近衛家ゆかりの寺であるというから、そのつながりで坊津に流されたというのもわかる。なるほど、地域史と通史とのつながりを考えながら読んでいくとこういう日本史ものもなかなか面白い。ベストセラーとなった理由はきっと誰か専門家がうまく説明してくれることでしょう。(笑)

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by yksayyys | 2017-02-25 22:06 | 読書 | Comments(2)

上原善広「発掘狂騒史~「岩宿」から「神の手」まで」(新潮文庫)を読む

 直木賞受賞の「蜜蜂と遠雷」がなかなか進まない(面白いのですが、何せ大部なので)ので、同時進行で読み始めたのがこの本です。岩宿遺跡発掘の相澤忠洋から発掘捏造の藤村新一までの「光と影の考古学界群像劇」です。著者の書いたものは、以前被差別部落や解放教育を扱ったものを読んだことがあります。いわゆる高学歴のインテリではない、人間味あふれるタッチのノンフィクション作家と言えるのではないかと思います。考古学というと私は、月に1回は会っている社会科のN会長を思い浮かべます。この本に出てくる「考古ボーイ」という言葉はまさにN会長のような人を指すのだろうと思います。遺跡や発掘の様子を話す時のあのいきいきとした表情に接する時、「そんなにも楽しいものだろうか」と思ってしまうものです。しかし、この本を読むとその熱気というものが痛いほどよくわかるような気がします。戦後、皇国史観から解き放たれた考古学は「そもそも日本人のルーツは?」を科学的につきつめるための魅力的な学問となりました。が、戦後まもなくまで日本には「縄文時代以前の旧石器時代というものは存在しない」のが常識だったそうです。そこに相澤忠洋が関東ローム層の中に打製石器を発見する。大発見中の大発見なのですが、学界というのは研究者の世界というのはそう簡単に「めでたしめでたし」とはいきません。このあたりは、私も少しは経験したような気がします。学閥であったり、研究者の縄張りであったりというものは今でも存在しますし、結構な「タテ社会」だなと感じることがあります。ただ、そんな中、芹沢長介をはじめとするアカデミズムの人間といわゆる考古ボーイたちがつながって、画期的な発見へとつながっていくストーリーは実に感動的だと言えます。・・・・それが後の「神の手」の事件につながるというところはやはりこの大宅壮一ノンフクション大賞受賞作家の「腕」というところでしょうか・・・・
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by yksayyys | 2017-02-14 20:45 | 読書 | Comments(1)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・


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