カテゴリ:社会( 1917 )

安らかには眠れない

 昨晩からの胸痛で昼前まで寝ていました。妻は気をきかして子ども達を買い物に連れていっています。先ほど昼食をすませ、テレビのスイッチを入れたところ、「徹子の部屋」をやっていました。余談ですが、私の夢は子ども達が有名になって「徹子の部屋」に出演して「うちのお父さんはちょっと変わってまして・・・」と語ってくれることなんです。それはさておき今日のゲストはイラストレーターの黒田征太郎でした。芸術の話はそこそこに黒田は戦争の話を始めました。ちょうど原爆の話になった時黒田は言いました。「原爆で亡くなった人に対して、安らかにお眠り下さいっていうけど、亡くなった人は犬死になんですから安らかに眠れるはずがないんですよ。」その通りだと思いました。亡くなったものを英霊としてたてまつる供養の仕方に対して、その「悔しさ」「無念さ」を表現する術を黒田は求めているようでした。平和を語る時の順序もこの二通りの方法があるように思います。私は、もちろん後者の方を選ぶつもりです。靖国神社にすべてを封印して崇めようなどというやり方には反対です。芸術家は時に本質を端的に語ります。「徹子の部屋」・・・貴重な時間帯でした。黒柳さん、子どもたちが出演するまで長生きしてくださいね。

 あ、雨が降ってきました。妻達も帰ってきたようです。
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by yksayyys | 2006-08-14 14:05 | 社会 | Comments(1)

ヒノクマFW報告(3)

 3日目は、午前7時に朝食。この日は、レンタカーを借りて移動とあって、運転手を募るが、私は運転免許証を持ってきていない。どうも私は今回特に「役にたたない。」午前8時10分ごろ出発。私は、福岡出身のBさんの運転で女性陣2人と同乗する。そして、ハプニングはまたもや起こる。先頭を走っていた私たちの車、カーナビを設定したにもかかわらずカーナビの指令はひたすら「GO]!「これはおかしい」とBさんが気づいてくれたおかげでようやく引き返して現地に到着することとなる。カーナビにもいろいろと個性あるというわけか・・・
 訪問地は筑前国分寺。創建当時の巨大さを知らせる遺構を見学するが、今は「街のお寺」という感じで朝から「法事のオンパレード」!あ、お盆かとここで気づく。中で本尊の薬師如来を見学する。本堂のかなり奥にある。法事に来ていたおばちゃん達も見にくる。Hさんがおばちゃんに「見たことはないんですか」と聞く。おばちゃんは「ないない、あんたらが入っていくからじゃあ見てみようということで・・」とのこと。なるほど檀家でもなかなか拝めないシロモノのようです。あとは「撮影タイム」で携帯やデジカメでバシャバシャ!この後、ちょこちょこ遺跡をはさんで「歴史ふれあい館」という資料館を見学する。ここでの展示などはいっこうに記憶にないが、案内してくれた鹿児島出身のヨシドメさんが印象に残っている。ヨシドメさんは、島津に攻撃された城の説明をしながらも「島津悪玉説」には異論があるようで、何かを言おうとしていたのであるが、地元太宰府の案内人ヤノさんが「その話はいいんじゃないの」と言ったため、聞かずじまい。別に私「島津びいき」じゃないけれど、異論には興味があるので聞きたかった。地層の説明をするくらいなら・・・あとでHさんも「おばちゃんに興味があったなあ」と言う。同感。
最後は、水城見学。昨日、あわやという所で雨に濡れずにすんだ私たちOBであったが、ここで平等に雨に濡れることとなる。
 教科書の鳥瞰図で、大野城、水城、太宰府の配置は知っていたが、実際に現地に立つと、当時の「対外意識」というものに思いをはせることとなる。私は、きっと元寇の時の指導者達も、この時代のことを参考にしながら防備体制を敷いたものと想像する。
 以上で全日程を消化し、博多駅にて解散する。私は、時々行く地下の天ぷら屋で生ビールを飲みながら昼食とする。従業員どうしの確執を観察しながらおいしい料理を食べる。
 そして、帰省ラッシュの中「つばめ」に乗って帰宅。家はみんな「爆睡中」!!
(写真は、国分寺の薬師如来像とふれあい館の国分寺七重の塔模型です。)f0066076_1222274.jpgf0066076_12225031.jpg

 報告はさらに続きます。
 
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by yksayyys | 2006-08-14 12:22 | 社会 | Comments(1)

ヒノクマFW報告(2)

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メインの国立博物館見学の日でした。午前8時に朝食。安い宿泊費の割にはきちんとした食事でした。打ち合わせの後、地下鉄で天神に移動。そこから西鉄に乗り換えて太宰府へと向かいました。太宰府駅で下車後は、天満宮を抜けて国立博物館へ。結構な訪問客の数でしたが、昨年末に来た時よりは、ゆったりしていたと思います。学芸員の方の「主たる展示品の解説」の後、昼食。館内のニューオータニ直営のレストランでシーフードカレーを食べる。おいしかったのですが、「カレーに1000円か」とケチな事を考えてしまう。午後は「自由に見学」ということでSさんと一緒に3時間かけて常設展、特別展を見る。他の国立博物館と比較すると、展示品の「質量」に劣ると思われるが、視覚的要素に力を入れていると思われる。去年来た時は「国宝が少ない」と思っていましたが、今回は増えたような気がします。少しずつ展示品も入れ替えたりしているのでしょう。室内とはいえかなり歩いて疲れました。朝の打ち合わせで、最初の予定では「午後4時に見学終了、その後天満宮の見学」だったのですが、私の提案で「天満宮見学組も国博そのまま組も含めて午後4時に集合」に変えてもらう。理由は、天満宮は昨年時間をかけて見ている人も5,6人いましたし、午後4時から天満宮を見学していると「夜の野球観戦に遅れるのでは」という不純な動機もありました。参加者一同、「不純な動機のみ」と受け取ったようです。その後、天神まで引き返して、野球組は唐人町へその他はホテルのある赤坂へと分かれて電車に乗りました。野球は開始30分前くらいに着きました。グッドタイミングでした。試合そのものは、「意に反した投手戦」でしたが、やはりナマで見る野球はいいですね。午後9時に終了し、ヒーローインタビューと花火を見てホテルに引き返しましたが、ホテルでは何と大学院生を中心とした「レポート検討会」をやっていました。私は、「ちょっと学習はきついなあ」と部屋に直行して寝ましたが、やや後ろめたいものを感じました。
 ところで、他の参加者のブログを読むと、この野球観戦はヒノクマ先生にとって「不愉快」だったのかなあと感じています。チケットを手配した私としては「ちょっとヤバかったのかなあ」と反省しているところです。妻にも「それはよくない」と指摘されました。
 私、旅行とかでよくこういう「トラブルメーカー」になってしまうことがあります。関係者のみなさま勘弁してください。ねえ、ヒノクマ先生!!(でも、写真はやっぱり野球で) 
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by yksayyys | 2006-08-14 01:17 | 社会 | Comments(3)

ヒノクマFW報告(1)

 初日、集合は鹿児島大学教育学部正門前。何と1番乗り。「場所間違えたかなあ」とKさんに確認したところ間違いないとのこと。自分の行動に自信がない証拠!数分してヒノクマ先生登場。少し痩せられたかな。Sさんが「痩せたのでは?」と聞くと満面の笑みで「嬉しいです」と握手を求める。全員集合後、3台の車に分かれて金峰の歴史交流館に向かう。2度行ったことがあるという実績を買われて私がナビとなるが、これが大失敗。いつもの道を行けばいいものを「地図上の最短距離」を行ったのがかえって遠回り。方向まで間違え、大幅遅刻。みなさんすみません。その後、学芸員の方(13日に伊集院のコープで見かける)の説明を90分コースで受ける。「万之瀬川を中心とする東アジア各地との交流」といった話を聞く。もったいまつ遺跡や高橋貝塚など周辺の古代遺跡の出土物も見る。名前だけは聞いていたが、はじめて歴史と関連づけて理解することができた。2度来たことはあるもののいつも娘が「怖い」と泣き出して帰るパターンでしたので、ようやく「学習」することができました。昼食は近くの「道の駅」で手打ちそばを食べる。まずまずおいしかった。それから、中央駅に移動して夕刻新幹線で博多に向かう。帰省ラッシュが始まってはいたが、まあ余裕で座る。あれこれしゃべっている間に博多に到着。地下鉄で赤坂まで移動。ホテルに荷物を降ろし、夕食は近くの長浜ラーメン。みなさん替え玉まで食べている。私は1杯だけ。正直言って、鹿児島のラーメンの方が好きです。ラーメンだったせいで夕食時間は大幅短縮。その後FW恒例のカラオケに向かう。ヒノクマ先生を皮切りにみなさん積極的に歌っていた。私は「お嫁サンバ」と「ど根性ガエル」。10年ぶりに歌った「ど根性ガエル」がうけた。寝たのは午後11時。途中、何度か妻にメールを送るが、我が家も「異常なし」!
安心して眠る。あとでわかるが、金峰の歴史交流館と九州国立博物館はテーマが似ている。「東アジアとの交流」である。さあ、翌日はメインの国博!!そして、夜のメインはドーム!!
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by yksayyys | 2006-08-13 15:57 | 社会 | Comments(0)

ただいま帰ってきました

 今日、ヒノクマ先生のフィールドワークから帰ってきました。だいぶ疲れているので、内容は後日ゆっくりと紹介したいと思います。今日は、とりあえずまわった箇所だけ

1日目  昼 金峰の歴史交流館   夜 長浜ラーメン  カラオケボックス
2日目  昼 九州国立博物館   夜 ヤフードーム
3日目  昼 筑前国分寺跡  歴史ふれあい館 国分尼寺跡  水城跡

参加者はピーク時で16人。過去最高の参加人数でした。

では今日はもう・・・・・眠たいので・・・
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by yksayyys | 2006-08-12 22:01 | 社会 | Comments(1)

 明日から2泊3日の鹿児島大学教育学部大学院の日本史特論Ⅱつまり「ヒノクマ先生のフィールドワーク」が始まります。今年で5回目の参加となります。大学院生として2回参加ですので、すでにOB参加としての回数の方が多くなってしまいました。このフィールドワークの特徴は案内して下さる講師陣が充実していることです。ヒノクマ先生が案内されても十分なのでしょうが、あえてヒノクマ先生は専門の研究者の方に解説をお願いしています。やはり「大学院の講義」であるという重みなのでしょう。われわれOBは今年は5人ですが、なぜかみんな(大学院では)日本史専門ではなくUm先生のゼミ生ばかりです。とてもとても勉強になるということは以前のブログでも紹介しましたが、けっこう「体力づくり」にもなります。一昨年の国東半島、昨年の高良大社の階段昇りは、相当に疲れました。ダラダラ流れる汗が途中から冷や汗に変わり、体全体がヒンヤリとしていく・・・そんなきつさでした。もちろん、毎年この時期なので暑さは「格別」です。夜は、大いに盛り上がりますが、個人的にはヒノクマ先生のテレビドラマの形態模写が好きです。これまで見たのは、「白い巨塔」の田宮二郎と太地喜和子、「毛利元就」の片岡鶴太郎などなかなかあそこまでセリフは覚えられないものです。直立不動で歌うカラオケと同様、今回も楽しみです。今年は、九州国立博物館がメインになると思われますが、しっかり研修してきたいと思います。去年は「厄年」ということ(?)もあり、だいぶ周囲のみなさんに迷惑をかけましたので今年はそういうことがないようにしたいと思います。はい、では・・・・
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by yksayyys | 2006-08-09 18:31 | 社会 | Comments(0)

 湾岸戦争からイラク戦争にかけて、戦争がメディア規制下において「ゲーム化」された映像により報道されるようになった。ピンポイント爆撃などその最たるものであるが、その閃光のもとで繰り広げられる惨劇は被害国の映像によって明らかになる。原爆投下の時に、アメリカ軍によるキノコ雲の映像の下でどんな「阿鼻叫喚」の地獄絵図が存在したのかは日本人が最もよく知っていることである。このメディア規制は間違いなく、「ベトナム戦争」の教訓である。日米支配者層は、戦争の実態を、国民に、世界の人々に知らせないことにより「戦争の正当化、美化」を図ろうとしたのである。心ある者たちはみんなそれを知っている。そして、この「実態を隠したごまかし戦争報道」のことを日本人は「大本営発表」と言う。前置きが長くなったが、硫黄島の「玉砕」についても私たちは誤ったイメージを持たされていることをこの番組から知ることができる。「天皇陛下バンザイ」と言って突撃して撃たれて死ぬ。それが硫黄島による戦闘であったと思わされている。しかし、わずかな奇跡的な生存者はそのような状況を否定する。飢えと病気に苦しみ、壕に閉じこめられたまま火炎放射器や手榴弾により木っ端みじんに吹っ飛ばされる。捕虜として投降しようとすると背後の味方兵に狙撃される。出る命令は、絶望的な「突撃命令」だが、生存者はそれを快く受け入れたわけではなく「なぜ、そんな無謀な・・」と煩悶していたことを証言する。アメリカ軍も2万人という犠牲を強いられた。「地獄」とはこういうものかと番組を視てあらためて思った。私は、最後に生存者が涙を流して語った言葉を忘れられない。「あの戦闘で死んだことにどんな意味があったのか。意味がないといえば、死んでいったものがあまりにもかわいそうだ。でも、どんな意味があったというのか。」硫黄島守備隊はほとんどが、戦争末期に召集された30代、40代の初年兵と学徒兵であった。銃の撃ち方さえ知らなかったという。その素人たちが巻き込まれた「地獄」!!大本営はすでにこの島を守ることをあきらめていた。「捨て石」である。沖縄戦が「捨て石」作戦であったことは有名であるが、硫黄島もそうであった。駒として扱われ、地獄を味わう兵士。図面で作戦を指揮し、戦後も生き延びた参謀たち。戦争においては命にも「最大の格差」が生まれる。戦争のもたらす惨劇へのイマジネーションを私たちは決して失ってはいけない。
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by yksayyys | 2006-08-08 22:12 | 社会 | Comments(1)

告発の正義

 亀田のタイトルマッチのせいでもないでしょうが、知り合いのブログに「不公平」あるいは「不公正」への告発が続いています。馴れ合いと化した組織への怒りともとれました。そんな中、今朝の朝日新聞に松下電器系列工場で起きた「告発者いじめ」の実態が報道されていました。今、朝日は大企業による「偽装請負」告発キャンペーンをはっています。私は実に重要なキャンペーンだと思っています。「働く者がこんなに大事にされない世の中はない」と思える今、松下の告発者は勇気を持って労働当局に訴えました。しかし、工場は「陰湿きわまりない」いじめによって報復し、ついに解雇しました。「汚い」。そう思いました。工場側は「個人の疎外感」よりも「コスト」を重視するコメントを堂々と主張しています。これから裁判になるようですが、「一労働者の企業に対する人間回復のたたかい」になるだろうと思います。以前、大企業の不正を告発した倉庫会社が倒産に追い込まれたことがありました。この国はまだまだ「ずぶずぶ」の馴れ合い社会です。告発者は「空気を読めない」人間として、排除されてしまいます。私は、これまで何回か職員会議で「告発の用意がある」と脅迫めいた言葉を吐いたことがあります。実際、動いたこともあります。きっと、上司や同僚からすれば「目の上のたんこぶ」であり「鼻つまみ者」であることは間違いありません。しかし、「対等でない」たたかいにはそれなりの武器が必要です。山崎豊子の「沈まぬ太陽」にはそういう戦いをした人物の生涯が描かれていますが、実話だけにその感動の思いは深いものがあります。当然のことですが、告発は「正義」のためのものであり、社会全体の利益のためのものです。より高次の利益のために「告発者保護」の取り組みは官民ともに重要です。その「偽装請負」追及の第一弾が、経団連会長を出したキャノンであるところに朝日の決意を感じます。私の中では「新聞協会賞」ものです。頑張れ、みんな頑張れ!!
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by yksayyys | 2006-08-07 23:28 | 社会 | Comments(3)

頑張れS

 私の大学時代の友人Sの裁判が始まろうとしています。Sは北海道新聞の記者で、2004年に新聞協会賞をはじめ各賞を総なめにした「北海道裏金追及キャンペーン」のキャップをやった男です。雑誌「世界」をはじめ講談社文庫をはじめ書籍にもたくさん紹介されています。が、どうやら警察の逆襲が始まったようで、道警が「名誉毀損」などでこのSやデスク、新聞社、出版社を訴えてきたのです。Sのグループがキャンペーンの後はそれぞれ「飛ばされた」らしくSも東京支局勤務のようです。会社の姿勢もちょっと変わってきているような気がします。
 が、Sのメールによれば、安田好弘(死刑反対の)、清水勉(薬害エイズ、警察問題)など「錚々たるメンバー」の弁護団が結成されたようで、大谷昭宏や宮崎学も訴訟に参加してくれるようです。「メディア対警察」「取材源の秘匿」「知る権利」、表現の自由」という広範囲なテーマにわたる様相を呈しているようです。初弁論は21日、札幌地裁で行われます。みなさんも応援して下さい。
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by yksayyys | 2006-08-05 05:33 | 社会 | Comments(0)

「パッチギ」はありか?

 先月の飲み会でUm先生が提起した言葉です。「パッチギ」はもちろん映画のことです。あの映画で一番印象に残ったシーンは「葬式」のシーンであることは参加者一同同じでした。「朝鮮人差別の歴史」を知らされた主人公がその事実に打ちのめされるところは、そのまま観ている私たちにとっても同じことです。しかし、Um先生は言います。「じゃあ、すべてを知らなければダメなのか。」この言葉、15年ほど前にある人からも聞いたことがあります。差別の問題に関わってきた高校の教員でした。「すべてを知らないと差別は語れないのか。」答えは2人とも一緒でした。「すべてを知らなくてもいい。」その後続く言葉は微妙に違っていたように思うが、「知識が完璧でなくても乗り越えられる」ということである。もちろん、知る努力はすべきであるし、私たち教師はそういう役割を担わないといけない。しかし、「お互いを思う気持ち」が何よりも大切であるということであろう。「パッチギ」の主人公と在日の彼女は最後に心を通い合わせる。バックには「イムジン河」が流れる。
 イスラエルとパレスチナ・アラブとの関係も「歴史的な因縁」が繰り返し語られる。私たちも聖書に遡ってそこを知ろうとする。しかし、先日テレビに出てきたユダヤ人とパレスチナ人の恋人どうしにとってそれは「小さな」ことである。「乗り越えられる」意志こそ重要ということか。
 したがって「パッチギ」はありということになる。
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by yksayyys | 2006-08-03 22:53 | 社会 | Comments(0)