<   2006年 08月 ( 43 )   > この月の画像一覧

次は斎藤貴男講演会

 高橋哲哉に続いて斉藤貴男が鹿児島にやってきます。9月18日に県憲法を守る会、平和運動センター共催の「不戦を誓う集い」で、時間は午前10時30分より。場所は互助組合開館(エルセルモ横)です。きっと面白い話が聞けると思います。そういう私が行けるかどうか怪しいのですが・・・どっちにしてもビッグネーム来鹿が続きますね。
[PR]
by yksayyys | 2006-08-31 14:37 | 社会 | Comments(1)

Bさんのブログ

「Bさんのブログを紹介してください」の声がありましたので・・・Bさんは今売り出しの中学校社会科教師です。行動範囲は限りなく広く、思考は限りなく深くというタイプです。ブログのタイトルは「こちらはWB放送局です」で開設してあります。ぜひのぞいて下さい。
[PR]
by yksayyys | 2006-08-30 18:27 | 社会 | Comments(2)

高橋哲哉講演会

f0066076_8421868.jpg
 29日、西本願寺にて高橋哲哉講演会があった。「非戦・平和のつどい」の一環で演題は「国家と宗教」であったが、実際は「靖国問題」に絞り込んだ話となる。私は、時間の都合上講演の半分しか聞けなかったが、だいたいはちくま新書「靖国問題」に書かれてある内容と現在の政治状況の解説であったように思う。本願寺信徒向けということで、だいぶ「わかりやすさ」を意識していたのか著書を何冊か読んでいる者にとってはやや物足りないものがあった。が、最後まで聞いたBさんの話によれば「後半、新しい話があった」とのこと。Bさんのブログでその辺は勉強させてもらうことにしよう。・・・私らにとっては超有名人なのに「ささやかな集い」でもったいないような、またそこがいいような質素な感じの講演会でした。
[PR]
by yksayyys | 2006-08-30 08:52 | 社会 | Comments(3)

学習会(続く)

f0066076_2144798.jpg
 「総括討論」
 これも全く意見が出ない状況が続きました。「みんな、希望外にまわされたのかな。」とも思いましたが、途中司会のO先生が「全国教研の社会科分科会に出たことある人は挙手を!」と求めたら半数近くの参加者が挙手しましたので、「門外漢」でもないはず。じゃあ、しょうがないのでということで意見を言う。「こういうユニークな取り組みは職業系高校や進学校以外の高校ばかり。鹿児島のネックは受験一本槍の進学校の詰め込み授業にある。ここにこそ風穴を!!高島伸欣さんは筑波大附属駒場高校の教師時代、ナンキン事件で2ヶ月授業をしていたと狂言師の野村万斎が新聞に書いていたので決して無理ではないのでは?」それにO先生が応える。「ツクコマの生徒は優秀すぎて教科書くらいで満足しないからそうでもしないと授業がもたない。鹿児島の進学校とはレベルが違う。」私は納得できなかった。じゃあ、生徒の資質の問題だということになる。すかさず鹿児島の高校の先生が意見を述べる。「私はいわゆる進学校を2校経験したが、やろうと思えばやれないことはない。以前ほどの管理の厳しさはないから教師の意識の問題だと思う。」結局、そういう結論に落ち着く。教師が受験の「呪縛」に陥っているということか。私は、高校の社会の授業なんてほとんど何も覚えていない。板書を写しているか問題を解いているだけ。・・・・などなど、鹿児島の高校教育の問題を語っているうちに時間がきてしまう。「もっと皆さん意見を言ってよ。」これが切なる感想でした。
「因縁は続く」
 ホテルは相部屋でした。私は研修での相部屋でほとんどいい思い出がありません。去年の太宰府での「部屋締め出し事件」にとどまらない数々の事件がこれまであったからである。今年も大変だった。何があったか。それは同室の方の「高いびき」である。私は彼の体型を見た時に「この人は絶対いびきをかく」と確信を持った。だから2次会にも行かずに、風呂のサウナで「疲れるまで粘って」彼よりも早く寝た。しかし、数時間後「こわれたラジオ」のようにいびきは始まった。結局、睡眠不足のまま朝を迎えた。写真は、早朝の「青島」であるが、こんなに朝早く起きているのも彼のおかげというもの。「ああ、よく寝た。こんなにたっぷり寝たのは久しぶり。」と気持ち良さそうに彼は起きた。ああ・・・・とにかく泊まりは個室がいい。ゆっくり寝たかった。自宅に着いてからはもちろん爆睡であった。
[PR]
by yksayyys | 2006-08-30 02:39 | 社会 | Comments(3)

3000人

 昨日で訪問者数が3000を超えました。多くはないのかも知れませんが、毎日20人近い人が見てくれていると思うと励みになります。私のペースはだいぶ落ちましたが、仕事をしてるとこんなものだろうと思います。アクセスして下さっているみなさん、今後ともよろしく。
[PR]
by yksayyys | 2006-08-30 02:04 | その他 | Comments(0)

社会科の学習会

 宮崎の青島で行われた「みんなでつくる教育課程講座」に参加する。当然と「社会科」分科会に参加するが、他の参加者に聞いてみると結構「A分科会に行きたかったけど、B分科会に出るようお願いされた」と言う人がいた。まずは、私の希望通りにしてくれたKさんに感謝!全体会の講演は何と30分もオーバー!あれは主催者がよくない。いくらでも講師に連絡する術はあったはず。結果、分科会が短くなり、休息が無きに等しくなる。分科会の報告者にも気の毒だし、報告者の時間を確保しようと早口で基調報告をする共同研究者にも気の毒である。そのような会場のブーイング状態を引きずりながら、分科会会場へ向かう。ジャイアンツがキャンプの時に宿泊するホテルであるが、だいぶ老朽化しており、私たちが宿泊するホテル(サッカー日本代表はこちらに宿泊)の方がずっと高級感がある。しかし、夏に限らず予約でいっぱいだという。「ジャイアンツ」の威光はこういうところに残っているようである。さて、分科会報告
「三浦梅園をさぐる」
 鹿児島の偉人は西郷、大久保など政治家が多いが、大分は福沢諭吉、広瀬淡窓など学者が多い。この実践はやはり学者の一人である三浦梅園を小学生達が調べていくという取り組みである。小学校の先生らしく、とても丁寧なレポートで子どもの様子が手に取るようにわかる。対象になっている三浦梅園という人物もなかなかの人物で「在野の学者」「庶民のために生きた」など魅力に満ちあふれている。しかし、レポート全体を通じての疑問がわき起こる。質問では真っ先に手を挙げる。そして聞く「道徳での授業とどう違うのか。社会科の特色はどこにあるのか」「現状認識を学ぶためと目標にあるが、どこがそれに相当するのか」・・・どちらも満足できる答えは返ってこなかった。その理由は、考えてみると簡単なことである。教師がこの三浦梅園が大好きなのである。授業のあちこちで「三浦梅園ってすごいよねえ」と子ども達に語りかけている。だから4年生の子どもたちも「大好き」になって、「生き方」に共感して道徳的になっていったのである。きれい事を言うなら(実際に意見として言いましたが)社会科の教材にするなら、もう少し対象人物に距離をおいて「三浦梅園を通して、江戸時代を、大分を見る」というベクトルに適う授業方法、資料選定があったのではないかと思った。が、分科会終了後、相部屋の先生が「あれは総合学習でしたね」と言ったが、まさしくそうであった。そう思えば、「調べに調べた」子ども達は大いに力をつけたように思う。教師にしたって、「自分の大好きな地元の人物をみんなに知らせたい」という思いは決して否定するものではないであろう。しかし、アマノジャクとしてはやはり「偉人教育」の怖さは強調しておきたい気がする。なぜなら、鹿児島では西郷をはじめ「礼賛一色」に見えるからである。共同研究者も同じ意見であった。私もだいぶ評論家になってきた。Um先生に怒られそう。
「NO BORDER」
鹿児島東高校の先生が、世界史最後の授業に歌やCM映像を使って「国境のない世界」を訴える授業である。テーマから言って「イマジン」だろうなと思ったが、「昨年使ったので今年は使わなかった」そうだ。それで使ったのが長渕剛の「JAPAN」。私の中で長渕の思想・信条は明確でなかったが、歌詞を読むとどうもテーマとは「逆方向」で「国を意識させる」ちょっと危険な香りがするように思えた。もうひとつのカップヌードルのCMとそのBGMであるミスチルの「タガタメ」を使った授業は非常によくできた授業であったと思えた。生徒もとびつくであろうし、ミスチルの歌詞もなかなか深いものがある。「報復の連鎖を断ち切る何かを」そういう思いがよく伝わった。が、案の定アマノジャクは質問で「どうして長渕のJAPANか?」と聞いた。真っ先に!答えは「まずかった」!正直な人である。あちこちの研究会でもそう言われたらしい。ただ、コイズミでも「戦争のない平和な世の中を」というわけだから、教材資料の選定は慎重であるべきだろうと思う。あと、司会の(あの)大平先生によりミスチル授業に焦点化した討論が行われた。が、参加者の意見が少ないんですよ。しょうがないから、私が「しゃべる、しゃべる」!!でも、いっぱいしゃべった後って「後味が悪い」んですよね。しょうもないこともいっぱい喋っているので・・・・・
 ちょっと疲れたので「総括討論」の様子は次回に!
[PR]
by yksayyys | 2006-08-29 08:42 | 社会 | Comments(2)

宮崎へ

 宮崎まで学習会に行ってきます。昨日の中社研の研究委員会の宿題をかかえて出発します。中世の「被差別民を示す絵図」!!それらしいものをコレクションの中にいくつか見つけましたが、もう少し検討してみます。それと同時に苦手な「古代から中世」もちょっと勉強してみようと思います。では、行ってきまーす。
[PR]
by yksayyys | 2006-08-27 08:23 | 社会 | Comments(1)

加藤紘一の嘆き

 政治家加藤紘一のメディア露出がすごい!正面からコイズミ、アベを批判し「靖国神社参拝」に反対するため、山形の自宅が右翼に放火されてしまったほどだ。幸い加藤は「言論活動に影響はない」と言っているが、もはや「リベラル派自民党議員」まで「国賊」扱いされるまで世の中が「右傾化」してしまったということでしょう。かつて「竹下派支配からの脱却」を掲げマスコミからもてはやされたYKKもYとYKにはっきり分断されてしまったようです。その加藤が今朝の朝日新聞の記事の中で「(自民党が)左に遠慮することに飽きてしまった」と現在の自民党の党内状況を説明しておりその通りだと思った。55年体制は何かと批判が多く、私も良かったとは思っていないが、政権党自民党が「国民の3分の1から半分近くを確実に占める革新勢力」に配慮しながら政治を進めていったことは間違いない。それが最も端的に現れたのが「自社さ」連立政権であった。「日の丸・君が代」容認など頭に来ることは山ほどあったが、「戦後50年村山首相談話」や「水俣病和解」などはあの政権でなくてはできないことであった。あの時に、幹事長を務めたのが加藤紘一であり、幹事長代理を務めたのが野中広務であった。野中は加藤のことを「魂がふれあう仲」と言い、右派から「独裁」と言われながらリベラル政権の運営にあたった。社会党崩壊につながったのも事実だが、「政権の軸」が最も左に寄った政権であったと思える。その後の自民党政権は、パートナーを公明党に切り替え「タカ派」路線をまっしぐらに走っている。安定多数の今、公明党を切ることさえ何ともないことであろう。(選挙対策から切らないと思うが・・)
 そんな中「軽武装、平和主義尊重、経済重視、護憲」で来た宏池会の流れをくむ加藤紘一は今の状況が「心配でならない」のだと思う。師である大平らが築いた日中のパイプがずたずたにされているのが許せないのではないかとも思える。「ほうしん」さんのコメントにもありましたが、強力な「指導者」よりも調整能力のある「統合の長」こそが切に望まれるのが今の状況である。
 ちなみに、大平と同じく日中に太いパイプを築いた田中派の流れをくむ津島派は「機を見るに敏」な派閥らしくアベ支持を打ち出した。「節操のない」のもこの派の伝統であるが、情けない気がする。私は、自民党支持であったことなどただの一度もないが、政権党であるならば、「戦後の歩み」を大切にし、リベラルな感覚を取り戻して欲しいと思っている。そういう思いを抱いている国民は相当いるように思うが・・・・しばらくは加藤紘一の孤軍奮闘を応援したい。
[PR]
by yksayyys | 2006-08-26 10:01 | 社会 | Comments(3)

アベの教育改革

 今朝の新聞によると自民党総裁レースを独走するアベが、教育改革の諮問会議を創設して「学力向上」「問題教師対策」に乗り出すのだという。一番嫌いな政治家が首相になり、「何でもあり」教育改革が始まるのでしょうか。せっかく「やる気」になっていた気分が一気にブルーになってしまいました。どうして、国民はこの人を支持するのでしょうか。私にはコイズミよりずっとたちの悪い政治家に見えるのですが・・・
[PR]
by yksayyys | 2006-08-26 08:23 | 社会 | Comments(0)

 映画「ブリキの太鼓」の原作者であり、「ドイツの良心」と呼ばれているノーベル文学賞受賞者ギュンター.グラスが先日「ナチスの親衛隊にいた」という過去を告白し、世界中に衝撃を与えた。日本で言うならば大江健三郎みたいな人ですから、その衝撃の度合いの大きさが計り知れないものであることがわかります。私の記憶では、1990年前後にドイツで起きた「歴史家論争(歴史修正主義論争)」での活躍が印象に残っています。どの国にもナショナリズムはあり、ネオナチのような動きは今でもヨーロッパ中にありますが、ドイツの知識人の中で「ナチスはそんなにひどいことばかりしたのか」という論争がありました。日本のそれと比べるとだいぶ抑制されたものに感じましたが「あのドイツで」とかなり話題になりました。教育テレビで特集をやっていましたが、かじりつくように見ていた覚えがあります。グラスの告白には賛否両論あるようですが、もう晩年にさしかかった今「何が告白させたのか」「これまでどういう苦悩をかかえていたのか」といろいろ考えてしまいます。おそらく「このまま『ドイツの良心』として死ぬわけにはいかない」という悲壮な決意がそうさせたのだろうと思います。
 「日本の知識人がどれだけ戦争責任に苦悩しただろうか」そう考えるのは陳腐なことでしょうか?「正しい戦争だった」「侵略ではない」「虐殺はなかった」そういう言説の洪水の中ではそういう疑問もかき消されてしまいそうですが・・・・・・・・・ 
[PR]
by yksayyys | 2006-08-25 06:49 | 社会 | Comments(0)