<   2006年 11月 ( 36 )   > この月の画像一覧

単元テスト編集委員会

 S中で中学校社会科研究会の単元テスト編集委員会がありました。開始は午後6時半。夕食を「五郎家」というラーメン屋で食し、暗くなる中をS団地に向かいなんとかS中にたどり着き、校舎内に入り込みました。公文を紛失した私は、勝手に「きっと図書室だろう」と思いこみ、3階の図書室に向かいましたが、そこは「真っ暗」!「こりゃ違うな」と玄関まで引き返しました。でも、途中2人の職員とすれ違いましたが2人とも「こんばんわー」と通り過ぎていきました。人がいいというか不用心というか・・・・不審者だったらどうするのだろう。よその学校ながら気になりました。玄関で待っているとS中の編集委員のMoさんがやってきて「校長室ですからどうぞ」と校長室に案内されました。Moさんは「まだ明日のテストが出来ていない」ということでしたので、すぐに「テスト作っていていいよ。メンバー揃ったら電話するから。」と職員室に帰るように言い、私は校長室のソファーで「東京裁判への道」を読んでいました。すると、MuさんがやってきてあれこれしゃべっているうちにSiさんがやってきてようやく会が始まりました。7時前に始まった会でしたが、終わったのは午後10時前でした。正直言って午後9時ころから頭がボーッとしてきて「朦朧とした」状態で後半は過ごしました。でもMuさんはそれから喜入まで帰るわけだし、Moさんはそれから「テスト作り」です。みなさん、ご苦労なことです。とにかく、単元テストの目途はたったようです。良かった、良かった。Bさんはゆっくり休んでください。私は、いろいろやりたいことはありましたが、眠たいのでもう寝ます。では・・
[PR]
by yksayyys | 2006-11-30 00:03 | 社会 | Comments(2)

 ずっと前に「愛読雑誌」朝日ジャーナルに連載された頃読んだ覚えがある。その後しばらくこの著者の名前を聞かなくなったと思ったら、病魔と闘っていたということである。連載の時のままだったら買うこともなかったと思うが、「大幅増補」の文字を信用して上下巻に「大枚!?」をはたくことにした。この本の特色は、東京裁判がいかに「アメリカの都合で行われたか」ということと「天皇の免訴が政治的判断で決定された」という過程が明らかにされていることではないかと思える。そして、ドイツのニュールンベルク裁判と比較すると、いやが上にも「ドロドロとした思惑」が前面に出てくるのがわかる。「公判記録がずっと出ていなかった」という事実にもその辺の秘密が隠されているような気がする。私見であるが、冒頭に述べた「アメリカ主導」「天皇免訴」という2つの特徴は、その後のこの国の「あいまいさ」(大江健三郎の言葉)をもたらした最大の要因ではないかと思っている。「対米追随」政策を国是としながらの心情における「反米愛国」。「国際法廷における戦犯裁判」という側面と「最高責任者の免訴による無責任の体系」。アベのような「戦後体制打破」を唱える政治家は「あいまいな戦後」の鬼子と言ってもよいのではないかと考える。もちろん私は「東京裁判」には一定の評価をしている。が、アベらが「勝者の裁き」と否定したがっているのと正反対の意味で「不徹底な戦争責任」の後遺症を今に残してしまったと考えている。私は、今後もこの「後遺症」をテーマに「何か」を考え続けようと思っている。
[PR]
by yksayyys | 2006-11-28 01:52 | 読書 | Comments(1)

体調

 Bさんの体調が思わしくないようです。かなりのハードワークでしたので休養が必要だと思います。私も、肉体疲労と睡眠不足でちょっと早めに学校を出て2時間ほど自宅で睡眠をとりました。Bさんに限ったことではないのですが、職場でも職場外でも仕事は特定の人に集中してしまうんですよね。「能力」「人望」「経験」そういうものを考えるとどうしても・・・・・でも、そういうのって良くないですよね。ついつい甘えてしまって・・・・私は今とても精神状態が良いので、睡眠不足も体調不良もすぐに快復してしまいますが、これがストレス充満の状態だとその他の心身の変調につながるのだろうと思います。2,3年前はずっとそんな感じでしたから・・
 とにかく、盟友の一日も早い快復を祈ります。ただ、くれぐれも無理のないように・・・
[PR]
by yksayyys | 2006-11-27 21:44 | その他 | Comments(0)

資料請求

 今日は、午前中妻が美容室に行っている間、子ども達と遊び、午後から「伯父」が亡くなったために妻の実家がある肝付町に向かいました。通夜に参加するためです。出会いがあれば別れがある。それを実感しました。午後9時半ころ帰宅し、テストの採点をしてから、請求のあった「いじめの授業」の資料整理をしました。学校単位で3つの中学校が、個人単位で3人の人から資料請求がありました。そういえば、「実践いじめ授業」を出版した時は、奈良の学校まで送ったことがありますし、他の共著のみなさんもあちこちに資料を送ったようです。この状況を、うちの校長はとても喜んでいます。「ぜひ応えてあげて下さい。」とニコニコして言います。この方に褒められるのは初めてです。悪い気はしません。
 実践は「広げる」という大きな課題を背負っていますが、わずかでもその気配があるのはうれしいものです。明日にも送付しようと思います。
[PR]
by yksayyys | 2006-11-27 00:27 | 社会 | Comments(0)

被爆の地にて

 学会の報告終了後、平田先生がいろいろな事を教えて下さった後、最後にこう言われました。(もしかしたら、報告後だったかも)「ハンセン病の療養所のみなさんは相当高齢化しています。ここ長崎の被爆者の方も相当高齢化しています。時間は限られています。自分に出来ることを精一杯やりましょう。そして、将来への教訓となるように取り組みましょう。」この言葉はUm先生の「今目の前にある責任を果たしましょう。」という言葉にもつながりました。先ほど、私に強い調子で意見を述べたF大学の大学院生の紀要論文を読みました。彼は彼で目の前の責任を果たそうとしていることを知りました。右顧左眄することなく、「続けていく」ことの大切さをあらためて実感したこの1週間でした。
[PR]
by yksayyys | 2006-11-27 00:18 | 社会 | Comments(0)

報告後の三者三様

 学会報告と総括討論の後、BさんIさんと3人で近くの薄暗いレストランで昼食をとりました。学生向けの店とあって、すごいボリュームでした。ジャンボチキンカツ定食を注文したのですが、おまけにカレーもつけてくれました。それで600円でした。食事後、3人はそれぞれで行動することになりました。Iさんは、「総合部会」というシンポジウムにフル参加し、討論にも参加したようです。Bさんは私のいただいたH先生の論文に興味を持ったようですぐにコンビニに向かい、コピーをしてから「総合部会」に向かいましたが、知的刺激がなかったらしく喫茶店で論文のコピーを読んでいたようです。私は、いつものように「即フィールドワーク」に出発しました。が、バチがあたったようで足にマメができてしまい駅まで行ったところでフィールドワークを断念し、マッサージをしてもらってから本屋に入りSさんおすすめの「おれちん」(朝日新書)他2冊を買い、串揚げ屋で飲みながら読書をしていました。「三者三様」とはこういうことを言うのでしょう。
 私は、勝手に「いいこと」だと思っています。
[PR]
by yksayyys | 2006-11-26 10:28 | 社会 | Comments(0)

報告の仕方

 今回の報告は14ページのレジュメをパワーポイントで報告するという私の「お決まりのパターン」を予定していました。そして、その通りにやったのですが、発表をしながら「いやあ、これはレジュメに沿ってやったほうが良かった」と思いました。理由は簡単です。ほとんどの参加者がスクリーンではなくレジュメを見ていたからです。理由は「レジュメの方に重要な情報がつまっていたから」だと思います。「簡単にできるものとそのまま示したものがいいものがある」ということに気がつきました。パワーポイントでは「授業」や「体験」などの映像だけで良かったような気がします。発表の仕方を知った。これも今回の収穫のひとつでした。でも、あとの3人中2人はレジュメなしで「報告要旨」を読み上げて終わりでした。もう一人は、パワーポイントのみでした。ですのでその3人には司会のH先生が「先行研究が示されていない」「全体像がつかめない」という指摘がなされました。そういう意味で、そういう部分をUm先生に「きつく」指導されている自分は助かったような気がします。はい!
[PR]
by yksayyys | 2006-11-26 10:18 | 社会 | Comments(0)

出会い

 往復をBさんとともに過ごしました。帰りは、疲れて寝てしまいましたが、行きは午後5時から到着までの4時間。そして、飲みながらさらに4時間ですので会わせて8時間「ずっと」話し続けていました。勤務時間ずっと話し続けたことになります。8時間あれば本当にいろいろな話ができます。職場、家庭、教科、政治、経済などなど・・「誰にもは話せない話」も話したような気がします。Bさんてホント問題意識が鋭くて向学心の強い人ですね。10時前にはIさんも合流しましたが、Iさんとは初めての酒宴でした。謙虚で朗らかな姿勢に感心しました。学会で出会ったH先生(Bさんのブログに細かく紹介されています)はもちろん、「ハンセン病問題は国の責任なのに教師が責任を感じる必要はない」と熱く語ったMさん(F大学大学院生)も印象に残りました「なぜあんなことを言うのかな」と思ったら学会報告要旨を見て納得しました。彼は「権力による教師への人権侵害」を研究テーマにしていました。「あなたは、政府の尻ぬぐいをすべきでない。」という事を言いたかったのでしょう。会終了後も彼は近づいてきて熱く語りました。まるで機関銃のようでした。私は、ひとつひとつ説明しましたが、彼は「もうやめてよ」と言うF大学の学生に引きずられるように帰っていきました。名刺をもらったので、続きはメールでやろうと思っています。あと、研究会には鹿児島関係者が半分くらいいました。報告者は4人中3人が鹿児島でした。進行席で「時間ですよ」とチャイムを鳴らす学生は、私と同じ市の出身でした。世の中狭いですね。最近の私の口癖は「最後は人ですよ。」なのですが、また多くの人を知ることができました。良かった、良かった。
 ちなみにBさん、あれだけ飲んだ後にホテルに帰ってから話したことをメモにとり、テストの採点をしたとのこと。いやあ、すごい。私は、発表のレジュメも見ずにグーグーでした。
[PR]
by yksayyys | 2006-11-26 10:12 | 読書 | Comments(0)

学会から帰る

 さっき、長崎から帰ってきました。学会報告自体は「下手くそ」でしたが、司会者のH先生(N大学)がハンセン病問題に深く関わっている方でしたので、とても好意的にコメントをしてくれました。また、討論終了後もいろいろとアドバイスを下さり、ご自分の論文をわざわざ持ってきて私にくれました。ありがたいことです。あと一緒に来てくれたBさん、Iさんとも楽しい時間が過ごせました。とにかく疲れたので、今日は寝たいと思います。詳しくは、後日。「明日はゆっくり」と思っていましたが、いろいろ用事が入ってきました。まあ、そんなもんですね。
[PR]
by yksayyys | 2006-11-25 23:55 | 社会 | Comments(1)

まだです。

 学会報告のパワーポイントを作成中です。まだ、すんなりと「流れて」いきません。報告書自体も、まだ「整理」不足です。今日の夕方には長崎へ出発しますが、ギリギリまでかかりそうな気配です。多分もうちょっとすれば「もうどうにでもなれ」となるのでしょうが、もう少し粘ってみようと思います。そういえば、どっかで印刷もしないとなあ!!やれやれ・・・・テスト採点は日曜日かな。
[PR]
by yksayyys | 2006-11-24 00:50 | 社会 | Comments(0)