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学習会の予定

 3月は2つの学習会がありますので簡単に連絡をしておきます。

 「法規範教育研究会」
 3月1日(土)午後6時 キャンセ7階小会議室
         内容(それぞれがレポートを持ち寄って下さい。いちおう私も「いじめの授業」
             の報告をします。)

 「近現代を語る会」
 3月27日(木)午後5時 キャンセ7階小会議室
         内容(プクプクさんが「民主と愛国」から報告します。)

 忙しいですが、良かったらお集まり下さい。
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by yksayyys | 2008-02-28 04:31 | 社会 | Comments(0)

歴史地理教育3月号

 歴史地理教育の最新号が届きました。以前から紹介していた浜園さんへのインタビューが「窓」の欄に掲載されました。が、今回何より驚いたのは同じ雑誌にWB放送局さんの実践報告が掲載されたことでした。3年前に中社研九州大会で報告された実践報告でした。そういうえば、この九州大会も私が授業者、WB放送局さんが研究発表者でコンビを組みました。今回も「意図しなかったこと」とはいえ、共著の形となりました。何となく嬉しかったですね。これからも、そういう知り合いとの共同作業やコラボレーションが増えるといいなと思います。
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by yksayyys | 2008-02-27 20:36 | 読書 | Comments(0)

え、おしっこを!?

 真夜中に息子が起き出して寝ている妻に何か言っていました。「おしっこしたい」か「水を飲みたい」かだろうと思いました。が、よく耳をすませて聞いてみると「おしっこ飲みたい」と言っていました。「え、おしっこを」とあわてて起きあがってよく聞いてみると「おしっこをしたい」と「水を飲みたい」がごっちゃになっているようでした。「しょうがない」と水を飲ませてトイレに連れていったら、ぐっすり寝てくれました。いやあびっくりしました。「おしっこ飲みたい」なんて!ストレスマネジメントをストマネと短縮するのとは訳が違いますからね!よかった!!
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by yksayyys | 2008-02-24 08:20 | 育児・家庭 | Comments(1)

V2なんだけど!!

 娘が冬休みの課題として提出した読書感想文が市の特選に選ばれ、先日表彰式がありました。夏も特選でしたのでこれでV2になります。また、夏の作文は父親の担当、冬の作文は母親の担当でしたので「夫婦の役割分担」という意味でもバランスの取れた!?受賞となりました。ただ、この2つの賞!ちょっと疑問符つきなんです。書いた文章と表彰された文章がだいぶ違うんですよね。そう、担任の先生がかなり「手を入れて」あるんです。やや「創作」もあります。まあ、親切でやっているのでしょうし、本人の自信にもなるのであくまで有り難いのですが、「そこまでしなくても」という気持ちもあります。小学校の低学年ってそんなもんなんですかね。夏の作文なんて、私からすれば「小1だったらこんなもんだろう」と思ってあえていじらなかったのですが・・・「どう直すか」「どこまで直すか」作文指導もけっこう難しいんでしょうね。
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by yksayyys | 2008-02-20 21:49 | 育児・家庭 | Comments(1)

f0066076_21122630.jpg喘息で寝込みながらこの本を読みました。星の数ほどある「西郷本」の中ではこの本が私には一番ピッタリきますね。西郷という人物にそれほど「惚れ込んでいない」という事と著者の専門が歴史学であるのがその理由かと思います。「遣韓論」の毛利敏彦さんも歴史学者ですが「西郷好き、大久保嫌い」がはっきりしていて私にはピンと来ませんでしたが、この猪飼さんの論証は説得力がありました。科学的な感じがしました。今は大阪大学ですが、以前は熊本大学にいて自由民権運動やハンセン病隔離政策に関する本も書いていたようです。私個人の関心は「西郷は征韓論か遣韓論か?」ではなく「なぜ西郷は復権したのか?」「なぜ西郷は軍人・右翼に慕われるのか?」にありますので、この本に多くのヒントをもらった気がします。
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by yksayyys | 2008-02-20 21:25 | 読書 | Comments(0)

災い転じるか!

 ここ数日喘息で寝込んでいました。今日は休みました。ただ、仕事を休むとロクな事は考えませんね。「たまった仕事」「機嫌の悪い同僚の顔」「自習になって騒ぐ生徒」「苦情の電話をする保護者」等々・・・・悪いことが連鎖的に思い出されて「療養」にはほど遠い精神状況でした。ただ、午後から「そうは言ってられない」状況となりました。私が自宅でファミマの弁当を食っていたら、妻も仕事先から帰ってきました。何と妻は「インフルエンザ!」おとといくらいから「気分が悪い」と言っていたのはインフルエンザだったようです。やむなく夕方からは私が布団から出て、家事・育児に「奔走」する事態となりました。幸い、子ども達も私が焦がした魚を文句も言わず食べてくれました。特にお姉ちゃんの方は「病人がいる時の過ごし方」を少しずつ理解できるようになってきているようです。そして、夜同僚から電話がありました。「人事の相談」でした。私とすれば「頼られる」のはとても嬉しいものです。利用価値があるということですから!そうこうしていると、いろいろ気を揉んでいる場合ではなくなり、「さあ、動かなくちゃ」という気分になってきました。多少、ゼーゼーヒューヒューは残っていますが・・・・そのうち何とかなるでしょう。実はテストも返し終わっていません。というか調べ終わってもいません。「いじめの授業」も1時間ずつ延期しました。本当は今日からだったんですが、明後日からにしました。本当に「仕事がたまって」います。そういえば、昨日は支部長からも電話がありましたし、社会科実践報告集の原稿も早く届けないと・・・・妻の「インフルエンザ」は不幸な出来事でしたが、自分にはエンジンがかかった気がします。今、妻も子ども達も眠っています。さあ、始動!
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by yksayyys | 2008-02-20 21:02 | 育児・家庭 | Comments(2)

息子の失踪!

 昨日、私が隼人文化研究会に出かけ、妻がショッピングをしている間、子ども達はおじいちゃんおばあちゃんと一緒に加治木の加音ホールの「太鼓」を見に行きました。最近、おじいちゃんつまり私の父のパーキンソン病の症状が思わしくありません。父の今の楽しみは「孫と遊ぶ」ことしかないようですので、今はできるだけ子ども達はおじいちゃんのそばに置いておこうと考えています。が、その「太鼓」会場でハプニングが起きました。「どうせこの子たちは太鼓に興味を持つのは最初の30分!あとはどうなることやら!」と私たち夫婦は心配していたのですが、その心配は当たりました。開演後しばらくして、下の男の子が途中から「行方不明」になったんだそうです。「そりゃ大変」とみんなであちこち探し回ったんだそうですが、その息子は待合室みたいな所で全然知らない子ども達とはしゃぎまわっていたそうです。まあ、良かったといえば良かったのですが・・・・この息子いつもそうなんです。行った先々で「知らない」小さい子を友達にして遊び回るのが得意なんです。こないだオプシアミスミに行った時は、小学生を叱りとばしながら「お店屋さんごっこ」をしていました。「4歳のくせに!!」お姉ちゃんは、正反対の「人見知り」なのですが!!ほんと姉弟(きょうだい)とはいえこうも違うものでしょうか。妻は息子が「誰にでも付いていきそうで心配」と言いますが、私はこの社交性には大いに期待しています。この性格誰に似たのか?多分妻だと思います。というか妻の家族はだいたいそんな感じです。で、娘は当然私です。娘は「すね子」息子は「ヘラ男」、3年前に私がつけた別名ですが、2人ともその路線を「まっしぐら」のようです。まあ、いいか!
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by yksayyys | 2008-02-18 17:05 | 育児・家庭 | Comments(1)

 久しぶりに隼人文化研究会に参加してきました。いやあ、とても面白かったです。知的好奇心がくすぐられました。理由ははっきりしています。それは「自分と接点のある報告内容であったこと」に間違いありません。最初の報告は九州大学大学院生松迫知広さんによる「戦国期の伊集院忠棟と島津老中制」というものでした。この伊集院忠棟という名前に見覚えがありました。甑島の歴史を調べていた時にこの名前とぶつかったことがあったのです。ちょうど「一向宗の弾圧」を調べていた時でしたが、薩摩が一向宗の弾圧に厳しかったのは、この薩摩藩家老伊集院忠棟が一向宗門徒であったためであるという説があったのです。この忠棟、家老とはいえ石高8万国を有しており、大名クラスの力を持っていましたが、のちに島津家久から手討ちにあってしまいます。豊臣方の石田三成と近かったためにあれこれ恨みを買った気配もあったようです。まあ、私の予備知識はそんなもんでしたが、今日の報告で薩摩の家老(報告では老中という言葉を使っていました)制度が歴史的にどういう変遷をたどっていったかを豊富な資料で説明してくれました。質問では、やはり若手の研究者があれこれ細かい事を聞いていましたが、私にはさっぱりわかりませんでした。それよりも私は、忠棟と一向宗との関係や、家久たちとの確執の理由を聞きたかったのですが、「報告の趣旨」とはだいぶずれるようなので遠慮しました。二人目の報告は京都女子大学の野口実さんの「地域史研究における京都認識~閑院内裏・宇治と南九州・奥羽~」というものでした。私との接点は何と言っても「京都」でした。出てくる地名が私の記憶の中では映像としてくっきり結びつきますので、報告の中身がよーくわかりました。それに立論そのものがどれも新鮮で刺激的でした。おそらくシンポジウムなどで一般向けの話も慣れているのではないかと思えるほど話も上手でした。地図や絵資料も豊富で「学際的な」知識もふんだんに紹介されました。東西の学説対立なども面白おかしく話してくれました。この人、鹿児島経済大学に4年ほどおられたということでL中高のN先生もよーくご存じの方のようで、今回は野口さんの方が「ぜひ報告をしたい」と希望されたようでした。とにかく、私にとってはあっという間の3時間でした。Nさん、紹介してくださり有り難うございました。さあ、次はテスト採点だあ!
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by yksayyys | 2008-02-17 21:56 | 社会 | Comments(0)

灰谷健次郎と夏川りみ

 今日の朝日新聞の記事から二人の人物に注目してみます。灰谷健次郎と夏川りみです。共通項は「沖縄」でしょう。今の50未満の教師にとって絶対的な影響を及ぼしたテレビ番組は「金八先生」であることに異論はないと思います。同僚の中にもよく「金八先生だったら」という言葉を発する人が1人います。だったら「影響を与えた小説家は?」と聞かれたら、誰の名前があがるのか。おそらく20年前くらいだったら「灰谷健次郎」だろうと思います。「兎の眼」が代表作でしょうが、私にとっては「太陽の子」が印象的でした。特にNHKドラマであった「太陽の子」は衝撃的でした。たまたまチャンネルを切り替えていて出会った番組でしたが途中から涙ボロボロでした。「てぃだのふぁ」(太陽の子)と呼ばれた「ふうチャン」の健気な演技は当時の私に鮮烈な印象を残しました。その時はじめて「沖縄戦」という言葉を「知識」としてでなく「実感」として意識しました。「灰谷健次郎」は個性的な人物だったようです。とことん「優しい」が、とことん「厳しい」ところもあったようですし、教組運動とも距離の取り方に時期によって濃淡があったようです。ただ「熱い」人であったことに間違いないと思います。「子どもの目線」という言葉はこの人から教わったような気がします。灰谷の人生の転機は教師を辞めて旅行した「沖縄体験」だと言われています。「残酷きわまりない沖縄戦を経験したからこそ得られる沖縄のおじい、おばあの優しさ」!それを知ったことが大きいと本人は言います。このセリフを3年前にも聞きました。私が甑島にいる時に「心友」と言えるおばあちゃんがいました。戦後の生き字引のような方で「思想の科学」などにも執筆するキャリアウーマンの先駆者のような方でした。その女性が「終の棲家」と期待した甑島に別れを告げ、沖縄の北部に居を構えました。私は3年前その女性を訪ねましたが、その時そのセリフを耳にしました。昨年の11万人集会にも参加したことが年賀状に書かれてありました。・・・・・・・夏川りみも今朝の新聞で目にしました。「涙そうそう」のヒットで多忙を極めた彼女は今年方針をめぐって事務所と対立し、事務所を移籍し沖縄で数ヶ月「休養」をとったそうです。そして、沖縄の地で実家のお店を手伝いながら自分を取り戻したそうです。鹿児島のMBCラジオで聞いた話ですが、夏川さんは「演歌もポップスもとにかくべらぼうに歌がうまい」のだそうです。そんな彼女が「涙そうそう」のヒットを経て「自分は何を歌えばいいのか」を地元沖縄でじっくり考えたという事実を知り何か重たいものを感じました。
 実感はないですが、私も祖父は沖縄出身!初任校が奄美だったせいか「沖縄」は常に心の中にあります。ブログ仲間のプクプクさんとは「沖縄平和学習旅行」で多くを語り合いました。sk370さんとWB放送局さんは琉大卒!sk370さんに至ってはカラオケでは「沖縄ソング」オンパレードです。「沖縄を語ることによって何を考えるか?」古くて新しいことを考えさせられた今日の朝日新聞でした。
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by yksayyys | 2008-02-16 20:23 | 社会 | Comments(2)

Um先生の一喝

 WB放送局さんのコメントを見て「Um先生の一喝」を思い出しました。ゼミの人は必ず何回かやられてますよね。今のIさんも相当やられているみたいで先日もUm先生が「何度Iさんを罵倒したことか」と言っていました。怖かったでしょうね。私あるいは私たちもずいぶん叱られましたね。面白いのは「バケツを持って立ってなさい」でしょうか。言われた私たちはヘラヘラ笑っていましたが、Um先生は「冗談じゃありません。本気です。」と言いました。でも、私たちはやっぱりヘラヘラ笑っていました。真面目な部分で言うと、「姿勢」や「動機」みたいなところに厳しかったですね。「何のためにやるのか」「そこまでの覚悟はあるのか」そういう問いかけの時は特に・・・・・
 私がハンセン病問題を修論に選んだ時に「あなたがこの問題を選んだのは、人権教育の推進のためか、ハンセン病問題の解決のためか?」と聞かれました。あの時Um先生は文部科学省の人権教育審議委員を始めたころでしたのでいろいろ姑息な推測をしたうえで「人権教育」と答えたらガッカリしていました。「あ、そう」って感じでした。中間面接の時に同じ質問をされた時は、「ハンセン病問題の解決のためです」と答えましたが、その時は大きくうなずきました。
 ただ、忘れられないのは1年目の夏です。突然会議室に呼び出されて「もうあなた達中学教師とは一緒にやりません。一緒にやっていく相手を選び直します。」と言われました。動きの鈍い私の研究に業を煮やしてのことだと思いました。「人生を賭けてやれ」という苦言でした。実際、その後しばらくは「院生とのつきあい」に終始した感があり、会議室のやりとりのようなメールが数人の中学教師にも届きました。だいぶショックを受けた覚えがあります。ただ、大学院修了後は何度か声がかかりました。「いじめの授業」「ハンセン病問題の報告」など!教え子の中で一番距離が近いのが呼び出しやすい理由だっただろうと思います。あとプクプクさんが選択社会の本を出した時はとてもうれしそうでした。今でも研究室の机上に置いてあります。あ、そうそうお客さんが来て県内を案内する時は「郷土資料集」を持っていきますよ。先週の木曜日も知覧や上野原の案内に使っていました。我々と呑む時は「心置きなく」呑んでいるような気もします。やはり、いなくなるのは寂しいですね。でも、鹿児島に縛り付けておくには惜しい気もしますし・・・・・3月の中旬頃鹿児島を去るということでした。
 人間、一喝してくれる人がいるのは幸せな事だと思いますね。「誰でも」ってわけにはいきませんからね!
 
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by yksayyys | 2008-02-16 17:10 | 社会 | Comments(0)