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アマノジャクはこう考える

特攻のシンドラー

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私は、特攻生き残りの浜園さんの証言のテープ起こしをしながらあることに気づきました。浜園さんは「特攻におけるシンドラー」ではないかと!彼は、特攻から生還してから隊に戻り後輩の指導にあたりましたが、自分の隊からはひとりも出撃を許可しなかったといいます。「この若者たちに無駄死にさせたくない」という理由からです。これは、シンドラーや杉原千畝がユダヤ人を救ったのと同じ価値があるような気がします。彼自身は、再度の出撃を待ち望んでいたと言います。しかし、それは「死んでやる」ということではなく「必ず敵をしとめる」という意味だったといいます。そして、未熟なパイロットは「行かせるわけにはいかなかった」と・・・・・私は、やはり最後は人だと思いました。大岡昇平が米兵を撃たなかったように・・・・この事実は授業で引き続き伝えていくべきだと考えました。
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by yksayyys | 2008-03-30 22:04 | 社会 | Comments(2)

仕事量の調節!!

 このごろ、勤務校の仕事以外の仕事量を膨張させすぎてパンクしそうになっています。「やりたい仕事」「やらならければならない仕事」「やった方がいい仕事」「やりたくないけど誰もやらないからやる仕事」それぞれ2つくらいずつあって全体が硬直して動かなくなっている状態です。勤務校の仕事もいくつかやり残しています。まあ、これまでも何とかやってきたのでしょうから何とかしていくとは思いますが、そろそろ「仕事の精選」をしていかないといけないなと思っています。今、歴教協の「戦争遺跡調べ(川薩・出水地区)」「浜園さんの聞き取りのテープ起こし」をやっていますが、これだけでも相当なエネルギー消耗です。「歴史地理教育」8月号の原稿を4月末には仕上げるように言われています。あと、東京のMとの約束の仕事もそろそろ再開したいですし、学会に向けた準備もしたいと思っています。今までと違った学会なので気持ちを入れ替えて頑張ろうと思っています。あと県中社研もあります。今実践報告集の校正を進めていますが、また新年度の仕事も始まります。プクプクさんの負担を軽くしてあげないと!!組合も分会長は降りますが、ブロック役員くらいはしないといけないだろうと思います。歴教協の事務局も50年大会を控えて辞めるわけにはいかないし・・・・あと夫も父親も辞められないし・・・・実父の介護もあるし・・・・結局どうしたらいいのでしょう!!今年も自転車操業になりそうです。あ、そうそう本業の方は「中学3年担当」です。これも大変そう・・・
(ストレスマネジメント学会との共同研究作業は先日終わりました。指導案をぎりぎりに提出しました。文部科学省の科学研究の研究協力者に名前が連なるようです。へーって感じですが・・
子ども研究センターの原稿は割に早く提出しました。うーん、あと忘れたけど何かあった!)
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by yksayyys | 2008-03-30 16:02 | その他 | Comments(1)

歯止め

 私は、今年勤務校の子ども達に次の2つを訴えていこうと思っています。ひとつは「人の痛みを知る」ということ。もうひとつは「自分の頭で考える」ということです。この世にはびこる「強者の論理」と「迎合主義」に対抗するにはこれしかないと思っています。そういう意味で、この世の中の流れに一定の歯止めとなったのではないかと思われるのが、昨日の大江・岩波裁判でした。いわゆる「集団自決」において軍の強制があったのかなかったのかという裁判でしたが、裁判所は「証拠はない」としながらも「軍の関与はあった」と判断を示しました。当然のことだと思います。軍から配布された手榴弾と東条の「生きて虜囚の辱めを受けるな」との戦陣訓が何を意味するかは明白なことであり、この期に及んで「軍の関与はない」などとは通用しない理屈なのです。この件に関して「人の傷みを知る」ということは、「沖縄県民のつらさを知る」ということであり「自分の頭で考える」ということは、「右傾化の流れに乗らない」ということだと考えられます。この「人の傷みを知る」「自分の頭で考える」という2つの言葉が「民主社会」を築く根本なのではないかと思っています。

 ちなみに昨日の高校野球ついに延長再試合となり「校内人事」はストップしたままだそうです。鹿児島工業が勝ち続ける限り、うちの人事は進みません。これは鹿児島工業のせいではありません!・・・・・・そう、・・・・・・・・おわかりですよね!!
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by yksayyys | 2008-03-29 14:37 | 社会 | Comments(1)

人権は国境を超える

 昨日のUm先生の言葉で印象に残った言葉が2つあります。ひとつは「人権は国境を超える」です。Um先生は、日中、日韓の歴史教育の交流につとめてきた人です。韓国のある大学では、韓国人大学生と数時間にわたって激論を交わしたと聞いています。親韓国派のUm先生でも歴史認識問題では矛先が向けられるのでしょう。「歴史認識で国境は超えられない」これは先生のリアリズムだと思います。そのUm先生が「人権問題だけは世界じゅうどこの国とも対話ができる」と言います。そして、判決文の研究をすることで「今、日本の人権はここまで来ています。」ということが説明できると話していました。なるほどその通りだと思いました。中国人留学生が研究している「判決文によるいじめ問題研究」はまさにプクプクさんやska370さんが取り組んだ研究そのものです。中国人の彼がやっていることは日本人の我々と一緒であり、この問題は国境を超えることができるということです。人権は世界に普遍の原理なのだということです。私の興味対象もずっとここにあります。平和の問題も民主主義の問題も「人権」あればこそなのです。そして、Um先生が言われたもうひとつの言葉。「今の日本はあまりにおかしい」・・・これはほとんどの人が共感できる問題意識だと思います。先生は今日、上越に旅立たれました。
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by yksayyys | 2008-03-27 21:03 | その他 | Comments(0)

出発前夜の「講義」

 昨夜、Um先生とアミュプラザの5階のレストランで飲みました。「今後のことをいろいろ話したいから二人で飲みましょう」そう言われたのは3週間前のことでした。ただ、その前に奄美で会うことになったのは「あまりにも意外」でした。当然、はじめはWB放送局さんの話からでした。Um先生は言いました。「あれほどの修士論文を書いたのに・・・」滅多に教え子を褒めることのないUm先生が絶賛していました。葬儀の時に奥さんの言葉にあったように彼は「持てるすべてのもの」をその論文に投入したのだと思います。知識と情熱と人生のすべてを賭けて・・・・
 その後はあらゆる話をされました。私もいつになくいろいろな事を聞きました。いつもは一方的に聞いているだけですが、「鹿児島最後の講義」とあってこちらから突っ込んでみました。かなり開けっぴろげに話をされていたと思います。アルコールもだいぶ口にされていました。黒ビール2杯にウイスキー2杯。料理は、オードブル系を4皿とピザ1皿、そしてそれぞれのパスタ。最後はコーヒーとケーキ。すべておごっていただきました。ご馳走さまでした。最後に、「今後の研究の方向」を話しあって終わりました。やはり私には修士論文の「ハンセン病問題」を深めてほしいようでした。というよりは「修士論文の内容をもっと発信して学会論文にするように」とのことでした。とりあえずは目標とする学会の日程などを決めた時点で解散となりました。学長にも学部長にも会わずに大学を別れを告げたということでしたが、先生らしいなと思いました。今朝、荷積みをして正午過ぎに車で新潟に向け出発するということでした。まだまだ吸収したいことはたくさんありますので、今後も指導を仰ぐとは思いますし、会うことも多いと思いますが、とにかく今日で「お別れ」です。Um先生、本当にありがとうございました。今年の春の「寂寞感」は例年以上です!!
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by yksayyys | 2008-03-27 07:29 | その他 | Comments(0)

通夜と告別式

 WB放送局さんの通夜と告別式に行ってきました。奄美の空はどんより曇っていました。そのどんよりした雲が何度も飛行機を揺さぶりました。通夜でWB放送局さんの死に顔を見ました。作ったにせよ何ともいえない笑顔でした。奥さんはガラス越しに何度も指でトントン叩いていました。もちろん涙をいっぱいためながら・・・彼は行きたかったという空に旅立ちました。でも、残された奥さんと子どもさん(7歳と4歳)は辛いばかりです。その夜、ぷくぷくさんとSka370さんと痛飲しました。死んだ彼の生ビールも頼みました。そのメンバーで何度か飲みましたからね。私は飲み過ぎて二日酔いの状態で告別式に参加しました。告別式にはUm先生も参列されました。1年ほど前に入信したキリスト教の告別式でした。神父さんの話の後、焼香を終え、奥さんが話をされました。「彼はよく頑張りました。」何度もそう言いました。「私たちを残して死んだのも、私たちで大丈夫だと思ったからだと思います。」その言葉に私は、どっと涙があふれました。そして、彼の死を受けとめることにしました。ただ、7歳の子どもさんの号泣する姿はやはり辛かったです。彼の家族は我が家にも遊びに来たんです。うちの子達と同い年なのです。
 うちに帰ってから妻に言われました。「いろんな仕事をさせすぎたのよ。」ある意味で私への非難でした。きっと、今いろんな人が自分を責めているんだろうと思います。しかし、彼は自分でそういう選択をしました。たとえそれが病気による衝動であったにせよ!今はその事実をしっかり受けとめたいと思います。空に行った彼!地に残った我々、それぞれでやることはあるはずです。私のブログにも彼の言葉はいっぱい残されています。その彼の思いを共有しながらこれからも私は「生きていきます。」
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by yksayyys | 2008-03-24 20:17 | その他 | Comments(2)

喪失の意味

 WB放送局さんがこの世を去りました。「亡くなった」のでなくまさしく「去りました」。ブログ上に「生きます」と書いていただけに「なぜ」「どうして」の気持ちは消えません。昨日はその連絡と息子の看病で一日過ぎました。息子は元気になりましたが、彼は帰ってきません。初めて会ったのは12年前でした。出水の居酒屋でした。その頃は「初々しい新任教師」といった感じでしたが、会う毎に「学究肌」に変身していった気がします。そこを心配していた仲間もいました。鬱という病気を患っていましたが、「子どもや保護者とうまくいかなくて・・」というタイプではありませんでした。それどころか誰よりも子どもや保護者に慕われていました。ただ、頼まれた仕事はすべて引き受け完璧にこなす人でした。そこに人知れぬストレスがあったのかも知れません。私のように「核戦争に比べたらこんなことたいしたことない」と逃避・合理化するタイプではなかったということです。昨年の今頃は彼がクリスチャンになった頃でもありました。私はそれを聞いて少し安心しました。なぜならキリスト教は「自殺」を禁じているからです。でも、それも「病」の歯止めにはなりませんでした。私は、彼の心の中には「生まれてくる前に死んでしまった」最初の子どもへの思いが強く残っているのを感じていました。その子のために仏壇も買ったと聞いています。彼が「生命倫理」を研究テーマに選んだのはそれが理由だろうと思っています。でも「命」というものを深く深く考えた彼がどうして死を選んだか?それはやはりわかりません。「それがこの病気なんでしょう。」ある人が電話でそう言いました。そう思うしかないのでしょう。今思うのは残された者の「痛み」です。彼の妻、7歳と4歳の男の子!今日、通夜に出かけます。顔を合わせるのがつらいです。
 残された彼のブログ、大いなる遺書となってしまいました!
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by yksayyys | 2008-03-22 10:01 | その他 | Comments(4)

衝撃

 今日は何ともいえぬ喪失感に包まれた一日でした。
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by yksayyys | 2008-03-21 21:29 | その他 | Comments(1)

 この著者オウム事件のころやたらとバッシングを受けていたのを思い出します。確かにオウムを持ち上げるような言動があったようですが、テレビで自己批判をしているのを見て逆に好感を持った記憶があります。宗教学者といえばこの人と中沢新一が有名ですが、この2人がまた仲が悪いらしいです。そういうのを聞くと私妙に安心します。この本は、創価学会をはじめとする新宗教をコンパクトにまとめた便利な本だと思います。個人的には、とても「懐かしさ」を覚える本でした。学生時代の4年間、京都で暮らしていたせいか宗教というものは割と身近にありました。街角に托鉢の坊さんもいたし、比叡山に修行を見に行ったこともあります。この本にある新宗教についてもいろんな思い出があります。創価学会については、同じアパートに熱心な信者がいてある集会に連れていかれました。そこでは、創価学会の人達の運動会のビデオを見せられました。壮麗なマスゲームや命がけの演技が登場し、信者は涙を流さんばかりに感動していましたが、私にはヒトラーの「ベルリンオリンピック」と同じ風景にしか見えませんでした。あと正式な名称は知りませんが「手かざし」の人にもよくつかまりました。等持院脇の小道によくいました。「あなたの友達や家族のために祈らせてください」と何度も言われましたが、すべて「結構です」と断りました。あとバイト先では阿含宗の熱心な信者がいて、管長(指導者)を褒め称える言葉をよく聞かされました。同じバイト先には「元ニセ祈祷師」もいて悪事歴を楽しそうに語ってくれました。奈良を旅行した時には、天理市をのぞいてみましたが、あそこはまさに「宗教都市」でした。この国は「無宗教」だと言われますが、星の数ほどある新宗教を考えると、「無宗教」と「信仰熱心」は表裏一体なのかもしれないと思えます。人は時に「何かの支え」を求めるものだと思います。加藤周一と萩原延寿の対談にこういうのがありました。「帝国憲法と教育勅語は、西洋派と尊皇派の対立の妥協の産物と言われるが、西洋派にとって憲法作成にあたっての最大の悩みは西洋のキリスト教にあたる精神的バックボーンがないことだった。だから、教育勅語が必要とされた側面がある。」(萩原)なるほどなと思いました。帝国憲法そのものには、「民主的に利用できる側面は多くあった。」と言われるが、歴史は逆に帝国憲法が「教育勅語」化していったと思われる。私は、教科書にも書いてあったように、この国の神道はもともと「八百万の神」の道だったのだと思っている。「千と千尋の神隠し」に出てくるあのお風呂に入りにくる神々のイメージである。あれを天皇制と結びつけたところに、神道の不幸があったのではないだろうか。
 そう考えると、今の新宗教の神々も「八百万の神」なんだろうか?私にとって宗教は「芸術的対象」であり、「面白い物語」である。しかし、宗教行事は否定しない。個人の尊厳や人権に抵触しない限り・・・・長くなりすぎた。それくらい「宗教」って奥深いものだということでしょう!
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by yksayyys | 2008-03-20 21:44 | 読書 | Comments(0)

パリーグ開幕

 プロ野球が開幕しました。ソフトバンクが逆転サヨナラ勝ち!ダルビッシュ完封、地味なオリックスが先勝!ともかく野球ファンにとっては「うれしい」日です。野球は、私にとってはビール同様「麻薬」みたいなもんです(笑)いろいろ忘れさせてくれます。
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by yksayyys | 2008-03-20 17:05 | その他 | Comments(0)