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アマノジャクはこう考える

賃金の減り方

 先日、児童手当の届けのために市役所で所得額証明書をもらいました。夫婦の分でしたが、そこで気づいたことがあります。それは「賃金(所得)」の減り方です。結婚当初、9年前と比較して「2割近く」減っているようです。その頃私は「僻地手当」をもらっていたので若干多いのは当然ですが、それでも数%だったと思います。そのころもらっていなかった「通勤手当」「児童手当」などもありますから、やはりここ数年続いている「賃金カット」の影響がじわりじわりと出てきているような気がします。今朝のラジオでも某局アナが「消費税の議論をする前に大阪府のように賃金から手をつけるなど歳出削減を徹底すべき」と言っていました。公務員の賃金に手をつけるのは、国民を味方につけるのに一番効果的な方法なのでしょう。が、小泉、安倍政権下の「景気上昇期」でもベースアップは見送られ続けて、ここに来てついに鹿児島では「6%カット」が続いています。そして、カットした知事を労組組織「連合」が選挙で支持するという「倒錯状況」も起こっています。理解しがたいことだと思います。家のローンなど心配でしょうがありません。そういえば、一昨日私たち教員の「年金加入状況」が知らされました。私の書類にミスはありませんでしたが、校長は再来年退職なのに「1年分しか加入していない」状況になっていたようでブツブツ言っていました。彼ら管理職の賃金カットは15%ですから、彼らもいろいろ辛いでしょうね。実質「名ばかり管理職」ゆえに「パワハラ」などでストレスを発散させているのでしょうか。これも「倒錯」した状況だと思います。
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by yksayyys | 2008-06-27 00:42 | 育児・家庭 | Comments(0)

 今日、松尾さんからメールが来ました。「講演よりも史跡巡りで同行したい」とありました。ということは、集成館だけでなく他の史跡巡りにも同行していただけるのか!!そう読めますよね。打ち合わせは来週になりそうです。今週は週刊新潮の取材などで忙しいとのことでした。「週刊新潮」というところが、なるほどって感じですね。まあ、どちらにしても私がガイドをするよりずっといいフィールドワークになりそうです。楽しみ、楽しみ!!
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by yksayyys | 2008-06-25 20:19 | 社会 | Comments(0)

f0066076_21485785.jpg嫌なことばかりあった今日でしたが、夕方いいことがありました。携帯に着信があったのでかけてみたところ、昨日訪ねた尚古集成館からでした。そして、来月のフィールドワークの集成館のガイド役に松尾千歳さんが決まったという話でした。本人とも話ができました。4つ年上ですがとても落ち着いた話しぶりでした。松尾さんと言えば、山川出版社「鹿児島県の歴史」の近世を担当した方です。古代が永山先生、中世が日隈先生とよく知っている方が担当していますが、ついに近世担当の方とも知り合いになれます。(ちなみに近代の皆村先生とはフィリピン旅行で一緒でした。)喜んで家に帰りメールチェックしてみると、松尾さんからメールが来ていました。私の「初名刺」が役に立っていたのです。このメールに松尾さんは「薩摩の歴史に誤解が多い。西郷・大久保ばかりでない薩摩を語りたい。」と書いていました。私はそれを読んですぐに返事を書きました。「ガイドだけでなくまとまった話をしてもらいたい」・・・・かなり図々しいお願いですが、実現できないかと今からワクワクしています。来週のどこかで本人と打ち合わせしてこようとも思っています。勤務校ではつまらないことばかりですが、こういう活動で元気をもらっています。やはり、外に目を向けるって大事なことですね。ちなみにこの本はいつかブログで紹介した「鹿児島歴史探訪」です。私は勝手に「鹿児島おもしろ歴史探訪」だと思っていましたが、同時に集成館で購入した「島津おもしろ歴史館」とごっちゃになっていたようです。さあ、みなさん来たくなりましたよねえ。遠慮無く来てください!!
 
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by yksayyys | 2008-06-23 22:02 | 社会 | Comments(0)

篤姫コースは充実?!

 今日、歴教協のフィールドワークの下見をするつもりでしたが、降り続く雨でとりあえず尚古集成館への挨拶だけにしました。目的は、フィールドワーク当日のガイドをお願いするためです。あいにく今日は黎明館でシンポジウムがあるとかで、館長以下学芸員もみな出払っていました。が、受付の人に用件を伝えたところ、「スケジュールがあえば寺尾か松尾が案内することになります。」ということでした。寺尾は先日南日本出版文化賞を受賞した「天璋院篤姫」の著者寺尾美保さんで、松尾は「鹿児島おもしろ歴史探訪」の著者でいつかブログで紹介した松尾千歳さんです。どちらにしても私としては大満足です。時間にして60分から90分!実現すれば、「目玉」になること間違いなし!!うまくいきますように・・・・あ、そうそう昨夜生まれて初めて名刺を作り、今日集成館で初めて使いました。そういう意味でもうまくいくといいな!!
 (今篤姫本を集中的に読んでいます。20冊くらいでしょうか。だいぶ頭に入ってきました。)
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by yksayyys | 2008-06-22 22:03 | 社会 | Comments(0)

不愉快なじゃんけん

 最近、外食をすると必ず息子と娘がジャンケンをしています。何をねらったジャンケンかというと、食事の時に「どちらがお父さんの横に座るか」というものです。そう負けた方が「お父さんの横に座る」のだそうです。今日も、雨の中「どちらがお父さんの傘に入るか」でジャンケンしていました。全くもう・・・・・
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by yksayyys | 2008-06-22 22:02 | 育児・家庭 | Comments(0)

 今日は県の歴教協の事務局会でした。そこでまた仕事を増やしてしまいました。どうもこの会に出るたびに仕事が増えるような気がします。仕事内容は、全体会の特別報告「篤姫ブームを考える」をやれというものでした。これでこの会は、問題提起にフィールドワーク担当に加えて大きな仕事が3つも入ってしまいました。もちろん雑用も山のようにあります。が、「君が引き受けなければ私がやるしかない」という会長の言葉に「しょうがない」とあきらめました。会長の出番が多いのは「いかにも人材不足」を公表しているようなものですから・・・・まあ、何とかなるでしょう!!このブログを見ている県内の小中高の社会科教員の皆さん、7月20,21日はぜひこの研究会のために予定をあけておきましょう。「鹿児島県歴史教育者協議会50年記念大会」です。場所は鹿児島県互助組合会館です。本当に来るんですよ!!!
 明日は家族連れでフィールドワーの下見に行ってきます。
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by yksayyys | 2008-06-21 19:24 | 社会 | Comments(0)

スピード復活

 昨日の午後から出張でした。人権同和教育の会でした。SKa37oさんも来ていました。退屈な開会行事が終わって、「さあ、これから学習」という時に携帯が鳴りました。ブー、ブー、ブー、妻からのメールでした。内容は娘が「学校で吐いた。迎えに行けないか。」というものでした。最初は「出張中で無理」とのメールを送りました。が、よく考えてみると妻はテスト前!おそらく「範囲が終わるかどうか」の瀬戸際だろうと考え、あわてて「俺が行く」とメールを打ち直しました。「開会行事が終わってから帰る」のは失礼とは思いましたが、主催者にお詫びを言ってあわてて娘の小学校に向かいました。娘は保健室のベッドに破れた靴下をはいて横になっていました。養護教諭の話では、午前中は元気だったが、午後給食を食べてから頭痛を訴え、その後吐いたということでした。青ざめてげっそりしていました。「弱ってる」そんな感じでした。最近「2時間続きの水泳」が続いていたので、その疲れかもしれません。とにかく行きつけの小児科へと急ぎ診察を受けました。尿検査の結果、「栄養状態が悪い」ということで点滴を2時間受けました。ベッド脇の2時間は長いですね。ただ、点滴の効果は抜群で、みるみる元気になっていきました。血液検査も異常はなく、無事帰宅できましたが、ほんと元気になりました。「油ものと冷たいものはダメ」ということでファミマのおでんを買って帰ったところ「自分の好きなもの買ってきて」と家族みんなに笑われました。とにかく元気になって良かった。欠会した研究会の内容は冊子にて復習しようと思います。はい!!
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by yksayyys | 2008-06-21 19:14 | 育児・家庭 | Comments(0)

震災の向こう側で

 岩手・宮城内陸地震の被災の模様がテレビで報じられています。倒壊した家屋、姿を変えた山並み・・・・・・10数年前に鹿児島でも似たような光景がありました。あの時は地震ではなく、豪雨でしたが。日曜日の午前中、その岩手、宮城の奥羽山脈の向こう側、秋田県で全国植樹祭が開かれていました。必ず天皇夫婦が出席する全国的行事です。いつものように「整然と」「粛々と」執りおこなわれていました。山脈を挟んでの対照的な光景。私には印象的でした。
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by yksayyys | 2008-06-16 21:07 | 社会 | Comments(0)

小笠原登の生き方

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大場登著「やがて私の時代が来る~小笠原登伝~」皓星社を読んでいます。小笠原登という人は、戦前ハンセン病患者に対する強制隔離政策を批判し「ハンセン病は治る」「ハンセン病は危険な伝染病ではない」「患者と家族に対する偏見・差別こそ問題」と唱え、国策とそれを支える大多数の医師と敢然と闘った京大の医師のことである。言葉だけでなく、実践として病院による外来治療により患者と接し、決して患者を当局に密告しなかった「勇気ある人」である。それゆえ、学会では袋だたきにあい、事実上ハンセン病医学界から「追放」の目にあった人でもある。しかし、本のタイトルにもあるように時代はまさに「小笠原の論」通りとなってしまい、隔離を唱え文化勲章を受章した光田健輔が糾弾される立場となってしまっている。今度の「ハンセン病問題の授業」ではこの小笠原に代表される「勇気ある医師」の存在も紹介しようと思っている。やはり、どんな時代にも「こういう人がいた」という事実は伝えるべきだと考えるからである。今後、何かの壁にぶつかった時に思い出す名前だろうと思う。ちなみにこの人が唯一勤めたハンセン病療養所が奄美和光園であった。亡くなったBさんが畑を作っていたあの和光園である。
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by yksayyys | 2008-06-15 21:58 | 社会 | Comments(3)

遺書と写真

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 資料館の一角に特攻隊のコーナーがありました。知覧や鹿屋同様に特攻隊員の写真と遺書が展示されていました。この20代の若者の遺書も「こんなに晴れ晴れとした気持ちで国や君のために・・・」という文章が綴られていました。それが本音であれ建前であれ、どちらにせよ私には「重たい」言葉に違いはありません。この出水の特攻基地は市街地に近かったために周囲の民家が空襲の被害を相当受けているようでした。資料館の1階は図書館になっていました。郷土誌の記述は物足りないものばかりでしたが、「阿久根の空襲」という小冊子に「九州各地の空襲被害の実態」という一覧表が載せられてありました。「これは」とすぐにコピーをして持ち帰りました。「各自治体で最低ひとつの戦跡」という県歴教協の編集方針の条件を満たすにはまだまだ情報不足ですが、「途方もない」と思われた時期からするとだいぶ進んでいるような気がします。ちなみに、出水の特攻碑公園にあった慰霊碑の碑文の記述は1995年段階で「大東亜戦争」でした。戦後50年を「大東亜戦争」の認識で迎えたということです。うーむ・・・
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by yksayyys | 2008-06-14 16:03 | 社会 | Comments(3)