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小松裕「「いのち」と帝国日本」(小学館)を読む

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 全集「日本の歴史」の14巻です。まず、時代の区切りが変わってます。日清戦争から昭和初期くらいまでをカバーしています。あと何と言っても「個人史」を大切にしています。「固有名詞が語る歴史」を意識しています。ある程度歴史の流れがつかめている者にとってはこの方が面白いですね。資料の羅列に疲れることもありますが、初めて見る資料ばかりなので「新鮮」な感覚を持ちながら読んでいます。問題意識ははっきりしています。「帝国日本はいのちを序列化し、それを国民が受容するなかで完成されていった」というものです。「いのち」ということでハンセン病の歴史もとりあげられています。私は、この小松さんの問題意識は富山の藤野豊さんによく似ていると思います。そういえば藤野さんの著書名は「いのちの近代史」でした。
 熊本には鵜飼さんやこの小松さんみたいに「面白い」近代史研究者がいますね。何かの機会に鹿児島に呼びたいものです。あ、そうか自分で行けばいいか!でも、鹿児島の仲間と一緒に話を聞いてみたいな!
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by yksayyys | 2009-02-28 08:08 | 読書 | Comments(0)

目途がついた実践報告集

 心配していた実践報告集ですが、何とか原稿が集まり発行の目途が立ちました。火曜日には出版社の方に原稿を渡すつもりいます。昨日は、「はじめに」と「編集後記」を書きましたので私の役割はほぼ終わりに近づいています。あとは、顧問のあいさつ、フィールドワーク体験記、Bさんの原稿です。ただ、「嬉しい悲鳴」がひとつ。みなさん充実した原稿なのでかなりのページ数になりそうなのです。その時は、ブログに載せた拙稿をボツにするつもりです。ですから「幻の原稿」になるかも知れません。
 次は、郷土資料集と歴教協の「戦跡マップ」の仕事にかかろうと思います。書きかけの学会投稿論文もあるし・・・・・・と言いながら昨夜は同僚と楽しく「飲みました」。あとの3人は「飲まない」のでひとりで酔っぱらいました。しかも家まで送ってもらいました。たまにはいいですよね!妻は、全国教研の疲れがまだ残っているらしく「週末はゆっくりしたい」と言っていました。今日は子ども達をどっかに連れ出すかな!
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by yksayyys | 2009-02-28 07:50 | 社会 | Comments(0)

原稿10

最後に 
 話は最初に戻るが、そのように歴史的にも重要な役割を果たしてきた社会科の教師たちが、公的に共同で研究する場が少なくなり、研究会に集う者の数が少なくなっているという事実は嘆かわしいことといえる。そのような状況の中、この鹿児島県中学校社会科教育研究会の果たす役割は決して小さくないと考えている。社会科をめぐる様々な問題を議論し、お互いの実践を鍛えていき、結果としてそれが「社会科研究」の発展に貢献する。そういう役割を私たちは担っているのではないかと考えている。ここで述べたものは思いつくままの論であり傲慢な物言いであることは十分承知してはいるが、何かの議論のきっかけになってくれれば幸いである。   

読んでくれた方 ご苦労様でした!
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by yksayyys | 2009-02-26 23:10 | 社会 | Comments(1)

原稿その9

(4)「道徳」と「社会科」
 ある研究会において「教科としての道徳」が議論になったことがある。講師は、「道徳が教科となることの問題性」を指摘し、「教科の中で道徳的要素を洗い出す」というやりかたを批判していたように思う。それを受けてある社会科教師が意見を言った。「社会科として道徳という問題はきちんと考えなくてはならない問題だと思います。もともと社会科は「人格の完成」という教育基本法の目標の中心的な科目として成立したはず。」私はハッとした。いつのまにか自分の頭の中で「社会科と道徳は別」という意識が出来上がっていたことに気がついたからである。もちろん、今政府が考えている道徳が適切なものであるかどうかは別に考えないといけないことである。ただ、社会科という教科は戦後「修身」を廃止したかわりに「平和と民主主義を尊重する生き方」に関わる教科としてかつ「すべての教科の土台となるべきもの」(1947年版学習指導要領執筆者重松鷹泰)として成立した経過がある。同年に施行された日本国憲法と教育基本法を背負って誕生した社会科なのである。その後1953年に道徳が設置され、社会科は他の教科と同列のものとして扱われるようになった。が、「初期社会科の理念を」と主張する人達の頭の中には「戦後民主主義の核」としての社会科に対する熱い思いがあり、私自身はそれを「継承すべきもの」と考えている。2008年8月、私は昨年の実践報告集に乗せた「鹿児島における特攻」の実践を歴史教育者協議会の中学歴史分科会で報告させてもらった。「貴重な実践」という意見をもらう一方、ひとりの人物から厳しい意見をもらった。「特攻の授業で大切なのは、やむにやまれぬ思いで突撃していった隊員の苦悩にどこまで迫れるかである。この実践ははたしてそこに迫ったといえるのか。」その人物は愛知大学を退職したばかりの安井俊夫であった。大学にて「特攻」の実践をしていた安井にとって私の実践はあまりに表面的であったのかもしれない。実は特攻の実践には別の批判があった。ネット上の意見であったが、雑誌に載った私の実践に向けられたもので「特攻の授業は中学教師では無理。どうにか高校からであろう。」というものであった。「中学生にあの極限の苦悩を理解するのは無理」という意味にとれた。意見の主は社会科教育界では有名な方であった。どちらにしても、「特攻隊」を扱う時に大切なのは「事実の経過」ではなくて、安井が言うように非情で不条理な「突撃」をせざるをえない隊員への「共感」であり、そこにどうやって迫れるかということであると理解した。社会科にとって大切なのはただ「科学的」であるだけでなく「人間の生き方」につながるものであるというひとつの証左であったように思う。
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by yksayyys | 2009-02-26 23:06 | 社会 | Comments(0)

原稿その8

(3)日社学のシンポジウムから
 2008年、滋賀大学にて日本社会科教育学会研究大会が開かれた。1日目の午前中に報告を終えた私は午後から全体会に参加した。メインはシンポジウムであった。「社会科教育」について教育方法、世界史教育、教育実践史の領域から一人ずつ研究者が、現場の代表としてひとりの小学校教師が提言を行った。その現場の教師の代表は鹿児島県のS氏(Y小学校)であった。Sさんはまず自らの実践の足取りをたどった。Sさんは日本生活教育連盟(コア・カリキュラム連盟の後進)、教育科学研究会、歴史教育者協議会を拠点に活躍する鹿児島というよりは全国的に知られた実践家である。Sさんの取り組みは「コア・カリキュラム的」である。子どもの生活実態、地域の実情から課題を設定し、そこから長い時間をかけて調べ活動・発表・討論活動を行うというものである。テーマは「自動車工業」「漁業」「畜産業」などの産業学習に加え、「慰霊碑調べ」では平和を学び、そして最新は「川筋を変える工事で地域の変化を見ていく」という実践であった。その緻密な活動、記録に圧倒されるが、私がそれよりもっと驚くのはSさんがひとつの実践を終えるごとに課題をもち、次の実践に生かしていっているということであった。現在の実践でSさんに特徴的なことは「学びの共有化のために社会科通信を有効に使う」ということである。ひとつの活動が終えると子ども達はそこでの疑問や意見を出し合い、それをSさんが発言を構造化した図を通信に示し、それを子ども達は確認しあって次の活動に進むというものである。「コア・カリキュラム」が「はいまわる経験主義」と批判された歴史があるが、Sさんは「どういう学力を身につけるか」の研究を進め(Sさんは歴教協では「学力と教育課程」分科会の世話人である)、「知識」と「体験」をどのようにして「学力」に結びつけるかを追究し続けているということである。Sさんを現場の代表的な実践家ととらえた日社学の眼はたしかであると考えている。さあ、そこで私たち中学教師が考えないといけないことは何か。もちろん「S実践に学ぶ」ことも大切である。が、それよりも大切なのは「Sさんに教わった小学生に私たち中学教師は何を教えたらよいか」ということではないかと思う。その「高まった学力」に何ができるのか。私は、Sさんと同じ会に出るたびにそれを痛感している。    
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by yksayyys | 2009-02-26 23:03 | 社会 | Comments(0)

原稿その7

(2)社会科の歴史に学ぶ
 以前、中社研の研究論文集に「甑島を学ぶ」という総合学習の実践を掲載した時に知り合いから「初期社会科のコア・カリキュラムを思わせる実践だ。」と言われたことがある。「社会科の歴史」など知らない私は何のことなのかさっぱりわからなかった。が、社会科研究に関わる中で「社会科の歴史」を知るようになり、自分の実践プランがそのコア・カリキュラムによく似たプランであることに気がついた。そして、それに文化活動が付け加わることで1974年に発表された海老原治善氏の「総合学習構想」により近いということもわかった。別に「○○プランに近い」ということに大きな意味があるわけではない。肝腎なのは、自分の実践したことが「社会科の歴史」のどういう部分と重なり、どういう部分にずれがあるかがわかることである。では、あの「甑島を学ぶ」とコア・カリキュラムでは何が違うのか。それは明白である。「知識と体験の総合」は図られているが、それはすべて教師が準備したものであり、子ども自身が仮説をたて調べ学習を行ったのは事実であるが「主体的に活動した」とは言い難いものであった。文化祭の劇にしても素材、脚本、演出はすべて教師。実践そのものと同様、子ども達は「脚本・演出のもとで出演していたにすぎない」と言えなくもなかった。しかし、そうやって「社会科の歴史」を知ることで自分の実践を分析しその課題を引き出すことができるということはなかなか貴重な作業ではないかと考える。
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by yksayyys | 2009-02-26 22:58 | 社会 | Comments(0)

原稿その6

2 社会科研究と社会科教育
(1)学会への参加から
 「歴史研究と歴史教育の関係」と比較すると「社会科研究と社会科教育」はより密接な関係にあると考えられる。「歴史」の領域からすると「社会科」の領域は学校教育における教科教育の一分野であり双方の重なりは大きい。いやピタリと一致すべきだとも考えられる。しかし、現実として「社会科研究という領域でどのような研究がなされどのような現状にあるか」を把握している社会科教師はきわめて少ない。筆者は2001年から翌年にかけて昼夜開講の大学院に通う機会があり、その間いくつかの学会に参加し、社会科研究およびその研究者の方々に接することができた。参加した学会は、日本社会科教育学会(日社学)、全国社会科教育学会(全社学)、九州教育学会、日本教育学会であったが、社会科の名のつく日社学、全社学が代表的な社会科学会と言える。あと、公民教育学会、地理教育学会なども社会科関係の学会である。これらの学会でこれまで何回か発表をさせてもらったが、教師どうしの研究会とは報告スタイル、質疑内容にかなり違いがあると思われる。まず、報告の冒頭にどうしても必要なのが「問題の所在」である。言い換えるなら「この研究の意義は何か。社会科の研究の進展にどのような形で貢献できるのか。」ということである。「意義の認められない研究は報告に値しない」と言われているように感じることもある。あと「先行研究の紹介」を必ずしないといけない。が、これをすることで「私の研究は先行研究とこういうつながりがあり、こういう意義があるのです。」と論証することにもつながる。質疑は細かい部分よりは大きな見地から聞かれることが多い。筆者が「ハンセン病問題のカリキュラム開発」で報告した時も「この実践は社会科と総合的な学習の時間のどちらがふさわしいと考えますか?」と聞かれた。おそらく「社会科学習の歴史的な流れをふまえてその実践の有効性を説明せよ。」と聞いているのと同じである。ただ、そういう理論的な部分では研究者にはかなわないが、現場の教師には「現場の強み」がある。子どもの感想やコメント、実践記録をふまえて実証することができる。というか「そこしかない。」そして、反省点を次への課題として実践を練り直して「継続した研究」につなげていくことが大切であると思われる。しかし、報告の中には首を傾げたくなるものもある。それは研究者の報告であっても一緒である。「そもそもその研究に何の意義があるのか」と思うことがある半面、研究者が作り上げた緻密な指導案を見ながら「子ども達はこの授業を受けてちっとも面白くないだろうな」と思うこともある。社会科研究者の大半は現場経験がある。が、大半は大学院から数年間の現場経験を経て研究者になった方が多いので、われわれのような現場経験の長いものが「子どもの現状に即して意見を言う」ことで「研究の質」の高まりに貢献できるのではないかと思われる。そういう意味で多くの教師に学会に参加してもらいたいと考える。得るものはきわめて大きいと確信する。
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by yksayyys | 2009-02-26 22:55 | 社会 | Comments(0)

原稿その5

(4)「名人芸」
 今野は、「授業実践報告」のスタイルが「S=生徒、T=教師」といった定型化されたマニュアルとなっていく傾向を批判しながら「実践記録を書かない教師が見落とされている」と述べている。いわゆる「名人芸」とも思える授業を講義式で行っている教師に光を当てるべきであるという意味に取れる。その意見の是非はおいておくとして、筆者には「名人芸」という言葉を聞いてすぐに頭に浮かぶ鹿児島の教師が2人いる。一人は、中社研の研究部長を勤めておられたK氏(当時附属中学校)である。私は、Kさんたちと「いじめを考える授業」というものに取り組んだことがある。これは「いじめによる自殺が起きている今、社会科教師に何ができるか」というU氏(当時鹿児島大学助教授)の呼びかけに応じて始まった授業研究プロジェクトであった。その授業のひとつの集大成といえる授業公開が附属中学校で行われたことがある。授業者は2人。ひとりはUさんでありもうひとりがKさんであった。この2人の授業はまさに対照的であり、この様子をSさん(現中社研事務局長)は「東西の両横綱の授業を見た気がした。」と表現した。Uさんは「誰でもどこでもできる授業」を念頭に十分に練られた構想の上で子どもの発言をうまく整理しながら「ねらい」に到達するという今野の言うところの「伝達可能な」「再現可能な」授業であった。一方、KさんはU型の授業をふまえたうえでその後「いじめを考える」という討論授業を展開した。まさに「いじめ」という命・人権問題について生徒と討論しあう「筋書きのない」そして「魂のふれあう授業」であったと言える。私は「金八先生が社会科教師だったらこんな授業をしたかもな」とも思った。ただ、「真似が出来ない」と感じた。これはKさんという個性とこれまでの経験からくる「名人芸」の授業であったと思う。あともう一人はN氏(現L中・高)である。Nさんは私の「いちど授業を見せて下さい」というお願いに快く応じて歴史の授業を見せてくれた。古代の授業で「国風文化」のところだったが、「漢字からかな」への変化を黒板にチョークでスラスラと書き、そして古代にあった「穢れ」の観念を具体的に説明されていた。指導案などというものはないが、まさに「歴史の滔々たる流れに身を置いた」ような授業であった。あれは、歴史学者としても有名なNさんならではの授業でまさにこれも「名人芸」であった。では、「名人芸」の授業は「伝達不可能」で「再現不可能」で授業研究に不向きかというとそれは違うように思う。私は、2人の授業においては「生徒」になっていた。「生徒」がKさんのような「人格」、Nさんのような「教養」に接した時にどのような感覚を持ち、どのように理解していくか、まさに「体験」したような気がしたのである。「再現」は不可能でも、いくらか「盗む」ことは可能であると思える。今野が言うように「名人芸」の授業・教師も大切にすべきである。(K、N両氏は実践記録も豊富である。)ただ、「授業記録をもとに共有財産化すべき」というやりかたに不向きなだけである。そういう場合は、私のようにぶらっと「ちょっと見せて下さい」と見にいけばいいのではないかと思う。私的に見に行った私に対しNさんは「授業研究」の時間も設けて下さった。私は、報告書の文字ではなく、頭の中の再現フィルムでいろいろ言わせてもらった。そういう形の「研究」も可能なのだと思う。
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by yksayyys | 2009-02-26 22:52 | 社会 | Comments(0)

原稿その4

(3)歴史研究と歴史教育  
 戦後の歴史学(歴史研究)は、他の学問と比較しても「社会的責任」を感じ教育現場と積極的に関わりを持とうとしていると評価されている。それは、まさに戦前の反省からきていることは間違いない。戦前の歴史学は大学や研究所の中で実証的な研究を積み重ねていた。しかし、教育を通して国民に注入される歴史は非科学的な「皇国史観」であった。その「分裂」こそが先の大戦の要因につながったと考えた歴史研究者たちを中心に戦後、「歴史研究」の人間と「教育現場」の交流・提携が始まり「歴史教育」という独自の領域を形成していったのである。そのような背景があるので「科学的認識」という言葉には特別の思い入れがあるのである。少なくとも「教育に関することと歴史的事実であるかは関係ない」という立場だった戦前の歴史教育の徹を踏むまいという固い決意がそこには感じられる。今野の「ディベート」批判、「法則化」批判の根底にあるのはそういう立場ではないかと思われる。われわれのように教育現場で「歴史教育」に携わる者にとって、その歴史研究者の決意・姿勢は間違いなく「共有すべきもの」であろうと考える。  
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by yksayyys | 2009-02-26 22:48 | 社会 | Comments(0)

原稿その3

(2)今野日出晴による加藤公明実践批判
 加藤公明氏は千葉県の高校教師であり「絵画資料等を用いた討論授業」で有名な実践家である。「加曽利の犬の授業」など耳にしたことがある人も多いかと思われる。筆者は中学・高校の別はあるが、加藤のような討論授業をしてみたいといつも考えていた。いや今でも考えている。その加藤実践を今野日出晴は「歴史学と歴史教育の構図」の中で厳しく批判している。批判の論点はいくつかある。まずひとつめは加藤が「講義式授業の否定」を強調していところにある。加藤曰く「最新の学問成果を踏まえた科学的な歴史像であっても、教師という権威からの教え込みによって身に付くものではない。」そして、主張された新しい授業は「生徒に歴史認識の主体性を回復させ、自ら歴史を探究し、真実を明らかにしていく。討論を通じて互いの認識をより科学的に発展させてゆけるような授業」とする。「これこそが歴史教育再生の道」と説く。なるほど、「知識注入」でない「討論による授業」の提唱には反論の余地はないように思われる。が、今野は基本的な疑問を投げかける。「(はたして)従来の歴史教育は生徒の認識能力や思考力の養成を軽視し、歴史学の成果を如何に生徒に伝達するかという観点からのみ実践されてきたのではない。」そこで著名な近代史研究者遠山茂樹の言葉を引用する。「歴史教育の目的ー小学校から大学にいたるまで原則は同じーは、教科書執筆者や教員の歴史観を生徒・学生に教え込むことにあるのではなく(それはできることでもないし、思想の自由の尊重からすべきではないという意味で)、将来学生・生徒が各自に科学的な歴史観を自主的に形成できるよう、その土台としての基礎的な知識の学習と基礎的な思考の力の訓練を行うことである。」そのような理論的地平で行われてきた歴史教育に対し、「従来のような、歴史学の成果をやさしく生徒に解説して理解させるのが歴史教育だといったとらえ方が今日の歴史教育の危機を深刻化させている。」と加藤が断罪していることに抗議する。そして、今野は最大の問題として「何か、歴史学の研究成果を大事にしようと言ったとたんに、それを講義によって注入し教え込むという連動がなされ、古いタイプの教え込み主義者として、生徒の主体的な学習を疎外させるようなイメージがつくりあげられる。」ことを挙げている。筆者が思うところ、今野の言いたいところは「レッテル貼り」への抗議と「バランスが大切なのではないか」ということである。今野は苅谷剛彦の次の言葉も引用する。「日本の小学校の教育を「教師が一方的に子ども達に教え込む指導」とみなし、より一層子ども中心主義を求めた教育改革は、それまでの適切なバランスを崩す方向に教育を変えてしまった可能性がある。」そこには、加藤の実践が流行となりそれをマニュアル化してしまう「亜流」の普及への警戒であるように思える。この本の他の章では「法則化運動」や「新しい歴史教科書をつくる会」への批判も行われるが、共通するのは「マニュアル実践」流行への危惧である。また、今野は加藤の実践は「生徒の認識能力の向上」に力点がありすぎてこれまで重要な問題として追究されてきた「歴史像の構成」を軽視しているとみる。また、当初「民衆の立場」を重視していた加藤が「歴史をどの立場からみて評価するか。それは基本的に生徒それぞれが決定すべきものである。だから、はじめから一つの立場に限定してしまうのではなく、いろいろな立場に立つことで、その歴史がどのように見え評価できるかを、生徒たち自身が比較できるような問題が望ましい。」と述べていることについて今野は「教師の歴史観が押しつけと把握されている以上、あれもこれもの相対主義に陥らざるをえないのであろう。民衆の立場を軽視する歴史教育が、歴史教育再生の道とは思えない。」と批判する。「相対化」しすぎることへの警告であろうか。ただ、今野も指摘している通り(筆者もそう考えるが)加藤は「教え込みから討論授業」へのパラダイムチェンジを強調するあまり、討論授業にいたる下準備つまり「討論に向けた相当の知識・理解を深める」場面を報告していない。加藤も前述の安井もそうであるが、2人とも授業方法の革新者として著名であるゆえに、その教材研究の広さ、深さが見落とされているのである。安井は筆者と同席した研究会の席上「発問研究などありえない。発問は緻密な教材研究の中から生み出されるものである。」と発言した。「最初に討論ありき」なのではなく、緻密な教材研究を経てその必然性から「発問」や「討論」が設定されるのである。加藤も、討論授業とその前段にある取り組みをきちんと示し「カリキュラムの全体像」を示すことが、その発言からの誤解を解くことにつながるのではないかと考える。1992年に雑誌「歴史地理教育」で行われた座談会において指摘された問題点「通史学習のなかで討論と講義をどう位置づけているのか。」はそういうことを言っているのだろうと考える。
 筆者は安井、加藤両氏の姿勢・方法を支持するものである。ただ、両者が優れた実践家である理由はその革新的授業方法のみにあるのではなくその「緻密な教材研究」にもあると考えているのでその双方向からの「総合的な評価」がなされることを切に願っている。
 ただし、今野の指摘もまた重要である。今野は歴史研究の出身であるが、次第に歴史教育へと傾斜していく。高校教師としての実践も豊富であり、この本の後半にある「捕虜を殺す兵士・殺さない兵士」の実践は安井、加藤両氏に通じる「子どもが主体的に学ぶ」授業であると言える。繰り返しになるが、おそらく、今野氏が最も危惧していたのは、そのパラダイムチェンジに便乗して「マニュアル化」に走る教師が増えることであったことは間違いない。 
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by yksayyys | 2009-02-26 22:46 | 社会 | Comments(0)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・


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