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さよならMy books

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今日、家の片付けのために大量の本を処分しました。写真はその一部です。もうひとかたまり別の場所にあります。30年近く購読していた雑誌も思い切って捨てました。ほとんど読むことのなかった教育雑誌「生活指導」「解放教育」「教育」「ひと」「社会科教育」よ、ごめんなさい!
 文庫本も半分以上捨てました。しかし、息子からきつい一言がありました。「その割には片付いていないなあ。」後ろの本棚を見るとなるほどそんな気もします。
 とにかく、これからは計画的に減らしていきたいと思います。新刊を買わないというわけではありません。あくまで蔵書を減らしていきます。
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by yksayyys | 2014-12-28 16:39 | 育児・家庭 | Comments(0)

ダディ

 24日の夜に島から家族が帰ってきた。それからずっと家族優先の時間を過ごしています。一緒に食事をし、ジョギングをし、聞きたいCDを一緒に探す。時には母親に叱られている息子の横で自分が叱られているかのようにうなだれてみる。どこの父親でもやっていることである。が、ここ4年間は「家族だんらん」は夏と冬のイベントとなってしまっていた。昨日は、年賀状を作って昨日のうちに発送した。夕飯は片付けの手間を考えてずっと外食をしている。「何が食べたい?」これが親子で最も多い会話である。
 夏、ホームステイに行った娘はすっかり英語かぶれしてしまい、「アナ雪」の歌詞も英語で歌う。母親のことを「マミー」と呼ぶ。かと言って私の事を「ダディ」とは呼ばない。以前と変わらず「おっとう」と呼ぶ。やっぱりその雰囲気にあわないということであろうか!
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by yksayyys | 2014-12-28 08:34 | 育児・家庭 | Comments(0)

 ブログを始めてもう9年目くらいに入る。そうすると同じ話題に触れることも多くなる。今日、録画したNHKドラマ「ナイフの行方(前)」を観た。脚本は山田太一。そうすると山田太一論となってしまう。もう何度もそれについては書いたような気がする。今の世の中脚本でドラマを観る基準とされるのはクドカンくらいのものだろう。なぜ自分が山田太一に惹かれるのか。それは言うまでもなく脚本ゆえである。結論から言うと「無駄がない」!無駄なセリフがないのである。しかし、これは大変難しい所業と言える。映画やドラマを観る人は「そうそう、これわかる」という共感を求めるものである。ただ、山田太一はそういう余裕を持とうとしない。いきなり本音・本質が来る。遠まわしがない。クッションがない。グサッ、グサッと来る。そして80歳を超えた山田太一は懐古趣味には走らない。今の時代が抱える苦悩を、高齢者、若者、男、女それぞれの立場で描き、それぞれの弱みに容赦なく接近する。ただ、温かみとユーモアは決して忘れない。おそらく脚本でドラマを観るのは山田太一が最初で最後かなと思う。それ以後そう思わせる脚本家はいない。苦悩する弱みいっぱいの人間とその人間たちの関わりを大事にしたいと思う。山田太一にはまだまだ多くの仕事をしてほしい。
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by yksayyys | 2014-12-23 17:05 | その他 | Comments(0)

松尾尊允死去

 慰安婦第三者委員会報告書が埋め尽くす天皇誕生日の朝日新聞の記事の中に松尾尊允死去の記事を発見した。死去したのは12月14日、赤穂浪士討ち入りの日。私はだいぶ長い間、この人の名前とつきあわなければならなかった。なぜなら大学の卒論で大正デモクラシーをテーマとしたからである。このテーマを選んだ時から指導教官を問わず必ず歴史研究者から聞かれたのが「あなたは松尾説に立ちますか」という質問だった。それに答えないと話が先に進まないような雰囲気を常に感じていた。松尾説というのは簡単に言うと「大正デモクラシーを民主主義運動として積極的にとらえるかどうか」ということだったと思う。反対の人は「不徹底な改良主義的な考えで社会主義運動に無理解で天皇制軍国主義に飲み込まれていった。」という考えであった。ゼミの教官はそちらの考えで「あのグループは結局国家社会主義に流れていった」という立場であった。確かに赤松克麿(吉野作造の女婿)らはそうなっていった。しかし、私はいつも松尾説にたっていた。吉野作造も石橋湛山も積極的に評価しようとしていた。そのことでぶつかった人が少なくとも3人はいる。今日の新聞に興味あることが書かれていた。松尾は吉野作造が満州事変の時期に反・非軍国主義的な動きを見せていたことを本に書こうとしていたという。これはまさに松尾説批判に正面から対峙しようとしていた証拠ではないかと思う。松尾は晩年戦後史の仕事も多かった。おそらく、民主主義というものが好きだったのだろうと思う。私が指導教官に薦められて最初に読んだのは「民本主義の潮流」(文英堂)であった。そのシリーズ(「国民の歴史」)は全巻揃えた。他の中央公論社や小学館、講談社などの通史シリーズと較べてなかなか手に入らない逸品である。岩波講座は日本歴史、世界歴史ともいつ譲ってもよいが、これは手放せない。
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by yksayyys | 2014-12-23 08:53 | 社会 | Comments(0)

1月に研究授業

 私は1月に研究授業をする予定です。別に「しなければならない」という理由は何もないのですが、研修係が困っているという話を聞いて1学期の時点で引き受けました。が、先日ちょっとトラブりました。係りから「他の方の授業もありますので、見に来れる人に来てもらってその後授業研究ということでいいですか」と言われました。私は注文をつけました。「全員が見に来てもらわないと困る。授業の片手間で見に来てもらってそれで授業研究なんてやられちゃ嫌だね!引き受けた意味がない。」実は私この授業に関しては別の要望も出していました。「指導主事なんていらない。呼ばなくていい。うちの職員に見てもらえればそれでいい。」これも本音です。そこいらの指導主事に私の授業を評価してもらうつもりはありませんから。それがのめなければ「断る」と伝えてありました。
 今日、そのことで校長に呼ばれました。結論としては「丸飲み」でした。全員が見に来る形にして指導主事をはじめとして教育委員会は呼ばないということでした。校長曰く「あなたの授業を全職員で見て勉強してもらいたい。」!「よくぞ言った!」私はそう思いました。世の常として、こういう噂はすぐに職員間を駆け巡りました。「なんと不遜な態度」と思った職員もいたことでしょう。しかし、すべては予定通り、想定内の動きです。あとは、「ここまで言った以上、恥をかかない授業をしなければ」という思いに自分を追い込んでいくだけです。
 授業は1年生の地理です。九州中社研以来思い続けている「これこそが社会科地理の授業だ!」を実現するだけです。やりまっせ!
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by yksayyys | 2014-12-22 19:05 | 学校 | Comments(0)

M新聞の特攻特集

 戦争関連特集の多い夏でもないのですが、M新聞が「特攻」の特集を始めました。今日は、特攻隊の世話をした「なでしこ隊」の方の話が載っていました。実は、私が本の執筆にあたって聞き取りを行ったのもこの「なでしこ隊」の方でした。新聞記事の女性と私が取材した女性は別々の女性ではありますが、今日の記事の内容は自分が取材した内容とほとんど同じでした。個々のオーラルヒストリーが「史実」と結びついていくような感がして嬉しかったです。この時期にM新聞はどうして「特攻」の特集を組もうとしたのか。私はそこが気になるところです。
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by yksayyys | 2014-12-22 18:49 | 社会 | Comments(0)

郷土新聞完成!

 今日の午前中学校に行って郷土研究会発行の郷土新聞を仕上げて印刷までしてきました。主に文化祭における研究発表の感想と9月に行われた特攻基地跡のフィールドワークの様子を生徒のコメントを中心に作成しました。以前は8ページの紙面づくりをしたこともありましたが、最近はそこまでのパワーはなく4ページがやっとでした。しかも、だいぶ写真のスペースが多かった気がします。明日、生徒に折らせて各クラスに配布の予定です。
 実は、本当は土曜日の午前中に作成の予定だったのですが、ここでは書けない大トラブルが発生してそれどころではありませんでした。しかし、学校に行っていて良かったです。学校にきた電話に私が対応し動いたせいで何とか無事に解決できました。そうでなかったら、と思うとゾッとします。休日に学校にいるなんて滅多にないことなんですがね!
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by yksayyys | 2014-12-21 23:00 | 社会 | Comments(0)

 先週観ました。日曜日の朝でしたので、人手は大したことはありませんでしたが、映画が終わって出る時はすさまじい人だかりでした。それも中高生ばかり。12月は中高生好みの映画が目白押しのようです。さて、この「不思議な岬の物語」ですが、吉永小百合主演で国際映画祭でも表彰されているとあって結構期待していったのですが、なんとなく「あれっ」という感じでした。設定、ストーリーにだいぶ無理があって途中何度も「しんどいな」と思いました。ただ、笹野高史の演技はいいですね。どの映画でもどのドラマでもとても自然な演技をしてくれます。死を前にした漁師の生き様、覚悟というものを見事に演じていたと思います。あとは、どうも・・・・・まあ、そんな事もありますね!
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by yksayyys | 2014-12-21 14:36 | 映画 | Comments(1)

刊行

 鹿児島の特攻基地について書いた文章が掲載された本が、娘の誕生日に刊行されました。本日、献本先から反応がありました。ひとつは東北のぷくぷくさん。もうひとつは四国のFさんでした。どちらも温かいコメントでした。先日の最終原稿を読んだ後、「しまった。校正を丁寧にしておけば良かった。文章が雑だ。」と大いに後悔していました。しかし、今日の夜本が届いて読んでみましたが、その不安だった箇所はすっかり忘れてしまっていました。いい加減なもんですね。
 今回、その文章を読んで思ったことがあります。それは、文章というのはずいぶん高揚した状態の中で書くものなんだなということです。今、学校の仕事に埋没している状態でいるとこの本の文章など「本当に俺が書いたのだろうか」と思ってしまいます。もちろん、自分で取材して自分で構成を考え自分で執筆したのですが、書いているその時はかなりの集中力だったのだろうと考えます。冷静になって読むと客観的に「ずいぶん頑張っていたんだな」と思ってしまいます。
 ともかく、しばらくは反応を探りたいと思います。
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by yksayyys | 2014-12-17 20:08 | 社会 | Comments(3)

訃報

 私の属してる組織では知らない者はいないという大物が先週亡くなりました。選挙前ということで身内の密葬で済ませたということです。長い闘病生活であったと聞いています。
 私はずいぶん可愛がられた方だと思います。早々と組織に属した私を面白がってあちこちに引っ張り出してくれました。K島にいる時は私が出した報告書を読んですぐさまK島のすべての学校をまわってくれました。あの時のK島の管理職たちのあわてようは尋常ではありませんでした。それだけすごい人だったのです。何がすごいか。知識、行動力もですが、私は人脈がすごいと思いました。新聞記者、市民活動家その他いろいろな人とつながっていました。そのKさんの頼みを一度だけ断ったことがあります。それはM新聞の「戦後50年特集」に際して組織を代表してインタビューに応じてほしいというものでした。私は、引き受けようとしたのですが「顔写真が出る」というのを聞いて急きょ断りました。その頃の自分は、教育実践に自信がない頃で、新聞に顔写真が出て、生徒や同僚、保護者の顰蹙を買うのが怖かったのです。「このインタビューは誰にでも頼めるものではない」そう言ってくれたKさんの期待に応えることはできませんでした。今でもその時を思い出し情けない思いにかられることがあります。でも、Kさんは逝ってしまいました。私たちの世代にとってはあまりにも大きな存在でした。今の私が属している組織はどれも(失礼ながら)じり貧状態です。しかし、逃げ出さないのは「先輩たちへの恩」があるからです。これからもKさんへの恩に報いるために頑張ります。合掌
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by yksayyys | 2014-12-16 22:51 | 社会 | Comments(0)