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アマノジャクはこう考える

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再び

 27日、妻子が船で帰ってきました。28日は島からの荷物が届きました。29日は1日、家と荷物の整理に追われました。30日つまり今日は、私は昼間は職場の同僚の引っ越しの手伝い、夜は中社研事務局会でした。妻と子どもたちは昼間、転校先の小中学校に顔を出し、夜は港で島の人たちにお別れを告げに行きました。
 ということで、我が家はまた親子四人の生活に戻りました。賑やかで活気のある暮らしです。ゆったりした余裕はなくなりましたが、計画的でリズムある生活が始まった気がします。やはり楽しいですね。笑ったり、叱ったり・・・・
 それに比べて、妻と二人の子どもたちは新しい学校生活への緊張があるようです。当然ですよね。
さあ、明後日からいよいよ4月。新学期のスタートです。
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by yksayyys | 2015-03-30 21:35 | 育児・家庭 | Comments(0)

引っ越し

 人事異動により家族が島から帰ってきます。妻の異動先はなんと地元の学校。歩いてすぐ。目と鼻の先です。しかも、娘が転校する予定の学校です。2校続けて親子で同じ学校というのもなかなか珍しいことではないでしょうか。しかも、その次の年は息子がその中学に入り3年間一緒ということになります。今のところ子どもは二人とも嫌がっているようですが、まあ妻も子も嫌でしょうね。お互い、家庭と職場で顔を合わせ続けるのですから。ぐれないか心配です。(笑)
 この土日はその妻と妻の学校の転出職員の異動御礼の品物を買いに走り回っていました。島にはそういうお店がなく、しかもこちらに買いにいく時間がないため、身内である私が妻だけでなく転出職員の御礼の品を買わないといけなくなったのです。しかも、島民50戸へのお礼の品、児童・生徒へのプレゼント、地域への焼酎など全部で5種類の買い物をすることになりました。山形屋、タイヨー、ニシムタ、しんぷく文具と駆け回りました。頭痛がおさまらない中大変でしたが、今日の夕方すべてが揃い明日の夜の船に載せることができそうです。
 27日の夜に家族が、28日の午後に荷物がやってきます。忙しい春休みになりそうです。「師走(しわす)」は3月の方がふさわしいのではないかと思うくらい教員はこの時期が忙しいです。
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by yksayyys | 2015-03-22 23:21 | 育児・家庭 | Comments(0)

長引く頭痛

 卒業式当日に始まった頭痛がまだ治っていません。先日は脳神経外科でMRI検査を受けましたが、脳の異常ではないようです。ちょうど後頭部の左側、耳の近くがズキズキ痛みます。特に夜がきつくてここ10日間ほど熟睡できた日はありません。眠りが浅いと疲れがとれないので翌日がきついです。同僚たちからも「顔色が悪いですよ」と言われ続けています。薬もいろいろ試してみましたが症状は変化していません。おそらく自然に治っていくとは思うのですが・・・部位と症状からネットで調べたところ多分後頭神経痛ではないかと思います。原因はストレスと緊張のようです。卒業式に始まったことを思えばうなずけるところが多いです。痛みのおかげで多くの仕事が滞ったままです。早く片付けたいとは思っているのですが・・・
 今回の頭痛騒動でもうひとつ気がかりなことがあります。それは、血圧が高くなっていることです。脳神経外科の医者に言われて毎日測っているのですが、血圧の下の数値が100を超えるようになりました。上も150を超えることがあります。今までは70から120の間でおさまっていたのに・・・・あちこち体にガタがきているのでしょう。困ったものです。
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by yksayyys | 2015-03-22 23:07 | その他 | Comments(0)

TV「私の街も戦場だった」を見た

 佐藤浩市がナビゲーターをつとめた地域の空襲を扱った番組を見た。アメリカ軍は空襲の時、その成果を確かめるために飛行機にカメラを備え付けていた。その映像はカラーで鮮明なものであった。その番組に出てくる街の中にたくさんの鹿児島の街が出てきた。お隣の宮崎県を含めると半分はこの南九州の街であった。それはこの南九州に大小多くの基地が集中していたためであり、本土決戦の前線基地だったからである。このことについては私はあちこちで口にし文章にしてきた。ただ、驚いたことに枕崎の白沢地区の空襲についてこの番組では「ついでの空襲」と言っていた。第一目標である軍事基地への爆撃を終え、沖縄の基地に帰る途中に「ついでに」本土南端のこの集落を繰り返し襲ったということである。地元の人たちは「ついでだよ」と言っていた。そうとしか考えられないということである。この番組のねらいとしているものに全面的に賛成する。空襲を東京や大阪の大規模なものだけに代表させてはならないのである。私たちのすぐ近くで空襲は行われ多くの人が死んだのである。
 私の仕事もそこにある。
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by yksayyys | 2015-03-16 00:39 | 社会 | Comments(0)

別居

 金曜日の夜に今季初の送別会があり、学習会仲間が勢ぞろいしました。気の置けない仲間との宴は楽しいですね。どこでもああいう会話ができるわけではありませんからね。
 その時に人事の話になりました。送別会そのものが人事にもとづくものですから当然といえば当然のことです。そのメンバー5人のうち4人が教職員なのですが、その4人のうち3人が「夫婦別居」の経験者あるいはこれから経験することになります。これってすごい事ですよね。同じ県内なのに夫婦あるいは家族が一緒に暮らせない教師たちがこんなにたくさんいるのです。「夫婦別居」そのものが問題になる時期はとっくの昔に終わり、今は「別居解消をどのようにするか」が課題となっています。つまり「別居」はもう当たり前に近くなってきているのです。あと、ずいぶん遠距離まで通勤している人も多いです。先日会った知り合いは「毎朝4時におきて通勤しています。」と言っていました。6年間それが続くのですから大変です。電車でなくマイカーですから疲労も相当のものだと思います。こんな通勤事情、家庭事情なのに土曜授業による「労働強化」!うーん!!!!
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by yksayyys | 2015-03-15 20:59 | 育児・家庭 | Comments(0)

「世界」の「平和」

 今日、納屋にため込んであった雑誌「世界」をすべて処分しました。32年間定期購読してきましたので相当の冊数になりました。それを紐で結ぶ作業をしながら気づいたことがあります。それは、ここ30年間くらいの「平和」の語り方の変遷です。30年前の「平和」は何より「核戦争の危機をどう回避するか」が最大の課題でした。米ソの冷戦下で歯止めのきかない核兵器拡大の流れに「被爆国日本」がどのようなメッセージを出せるかということでした。国内ではまだ「防衛費GNP1%枠」なる言葉が残っており、中曽根首相の「不沈空母」発言などが「アメリカの言いなりでいいのか」という批判を呼び起こしていました。それが、冷戦が終了してから「紛争」という言葉が表紙に多く見られるようになりました。そして、湾岸戦争やユーゴ内戦あたりから「国際貢献」という言葉が「平和」論の範疇から議論されるようになりました。PKO法案が「牛歩戦術」の抵抗もむなしく成立し、自衛隊がどんどん海外に出ていくようになりました。その流れが一気に加速したのが1999年あたりかなと思います。国旗・国歌法案、周辺事態法案などがまたたくまに成立し、その後の小泉首相の異常人気にも乗せられ既成事実化していきました。きわめつけは安倍首相の改憲まっしぐら路線です。核戦争の危機は遠のきましたが、放射能は自国の原発からまき散らされました。米ソの冷戦は終結しましたが、自国の政策により近隣との関係が悪化しました。防衛庁は防衛省に格上げになりました。
 「平和」の語り方はこれほど変化したということです。「世界」を購読し始めた頃の執筆者で生きているのはもう大江健三郎くらいになってしまいました。

 「世界」をやめたわけではありません。購読は継続しています。タカ派雑誌ばかりの中やはり「世界」は落ち着いて読めます。
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by yksayyys | 2015-03-15 20:45 | 読書 | Comments(0)

合否発表

 本日、公立高校の合否発表がありました。うちの生徒は全員第一希望の高校、学科に合格することができました。これでひと安心です。
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by yksayyys | 2015-03-13 17:56 | 学校 | Comments(0)

社会科と人権と・・・

 卒業間際になるとよく生徒たちが各教師に向けてお礼の言葉をまとめることがあります。形式は色紙だったり綴ってあったりといろいろです。今日もそういう色紙をもらいました。割に型どおりの記述でしたが、私について書く内容はほとんど「社会科の授業」と「文化祭の劇」でした。あと10人くらいが「これからも人権について考えていきたい」と書いてくれていました。これは嬉しかったですね。34人中10人くらいが私と「人権」という言葉を結びつけてくれたわけですから。あと、一人のリーダー格の生徒が「いろんな事をやっていて本当に仕事の多い先生だなと思いました。」と書いていました。私、だいたい生徒からは「暇そうな(笑)先生」と言われることが多いので、驚きました。二学期から三学期にかけて特に生徒の前でプレゼンをする機会が多かったし、文集などの仕事も生徒と一緒にやっていたのでそう思えたのかも知れません。少しはジェネラリストに見えたのかなと内心喜んでいます。
 面白かったのは一人の男子生徒が「もっといっぱい当てて欲しかった。発表したかった。」という
コメントもありました。いつも唐突にトンチンカンな事を言う生徒でしたが、私に当てられて発表したかったようです。なるほど、「ごめんなさい」って感じです。

 明日はいよいよ公立高校の合格発表です。
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by yksayyys | 2015-03-12 20:05 | 学校 | Comments(0)

泣いちゃった!

 本日、卒業式でした。勤務校に来て以来最高の出来だったと思います。生徒の動き、歌は完璧でした。多くの生徒が涙を流していました。
 そして、不覚にも私も泣いてしまいました。答辞あたりから少しウルウルしていたのですが、卒業の歌「旅立ちの歌」で号泣してしまいました。言い訳をするなら、私あの「旅立ちの歌」に弱いんです。あの曲のイントロが流れるだけで私はイチコロです。
 昔、卒業式をめぐって職員会議で論争になった歌が「君が代」と「仰げば尊し」でした。どちらも歴史認識、価値観にもとづく論争でしたが、「君が代」についてはより強力に儀式に位置づけられ今は「国歌」と扱われています。が、「仰げば尊し」は自然消滅してしまった感があります。それは「旅立ちの歌」がその歌詞、メロディーのすばらしさで自然に取ってかわってしまったからです。国旗・国歌法案のような法的縛りがかけにくかったのもその理由にあるでしょうが「いいものはいい」ということなのだと思います。
 卒業式は目論見通り早い展開で進み、卒業生見送りは例年より30分ほど早くなるほどでした。
 私の学年の世話役としての仕事はこれで99%終わったような気がします。

 昨夜から激しい偏頭痛があり、式終了後病院に行きましたが、薬で収まりました。ストレスとそれにともなう睡眠不足のせいだろうと思います。

 ここ数日自分に言い聞かせてきた言葉があります。それは、「物事には必ず終わりが来る」!
やっと来ました!
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by yksayyys | 2015-03-12 18:05 | 学校 | Comments(0)

卒業式

 今日は勤務校の卒業式です。これまでは駐車場、ビデオ撮影、担任の仕事等限られた仕事をこなせば良かったのですが、今年は世話役とあって企画段階からずっと関わってきました。ずいぶんと気疲れしましたね。昨日の予行で「これでうまくいくかな」と思いましたが、当日朝の時点でもいろいろ気づくことがありますので最後まで気を抜けないと思います。
 早く終わりたいなあ!早くストレス抜きで飲みたいなあ!
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by yksayyys | 2015-03-12 06:09 | 学校 | Comments(0)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・