荻野富士夫「思想検事」(岩波新書)から

 横浜事件の免訴判決、立花隆「天皇と東大」にみる思想、言論弾圧を当局側から見てみようと思い、書棚からこの本を取りだして読む。漢字と数字が多かったにもかかわらず、1日で読み終わることができた。以下は、興味を引いた部分から。

「治安維持法適用」
 治安維持法適用第1号の国内事件は軍事教練反対の京都学連事件であったが、実は適用第1号は朝鮮半島における朝鮮共産党弾圧であった。戦前、戦中にかけて植民地における取締、拷問は国内より過酷であったことが本書で強調されている。
「軍と検察」
 ある思想検事は「検察は軍と同一の使命を持っている」と言う。別の思想検事は「国内の敵に対するのが司法部で、国外の敵に対するのが軍、サーベルを吊っていないだけだ。」という。
「予防拘禁」
 疑いのあるものを強制的に拘禁する「予防拘禁」について検事総長、大審院院長(現在の最高裁判所長官)をつとめた泉二新熊(もとじしんくま)は言う。「悪思想のばい菌保有者を釈放して、再び社会に病菌を振りまくことは国家防衛上の大問題。」この発言をきっかけに治安維持法違反容疑者以外でも予防拘禁が可能となる。ちなみにこの人物、私の初任校で「郷土の偉人」として公開授業の教材とされた人物である。「偉かった」が第一で「何をしたか」は問わないという「偉人」教育の代表例といえる。
「フィヒテで逮捕」
 朝鮮に留学していた北大生はフィヒテの「ドイツ国民に告ぐ」を紹介したということで治安維持法の適用を受けて逮捕される。「国体の変革」でもなく「私有財産制の否定」でもなく「敵国の著書」でもない「民族意識高揚」の本なのにである。理由は「朝鮮の独立運動を煽る」ということ。もう何でも良かったのである。植民地ではでっちあげが多い。
「思想判事」
 思想を専門に取り締まる検事に加えて裁判官である判事にも「思想専門」が出来る。特高警察が逮捕し、思想検事が起訴し、思想判事が裁く。「司法権の独立」は有名無実化となる。
「横浜事件のスピード結審」
 敗戦後、「治安維持法」廃止や「思想犯」釈放などを恐れ、司法当局は裁判を急いだ。横浜事件は、8月28日から数グループにわかれて1回だけの公判で結審するというスピードぶり。それも一律に懲役2年、執行猶予3年というもの。ほとんど意地でやったとしか思えない。三木清が治安維持法容疑のまま獄死するのは敗戦後1ヶ月以上たった9月26日である。
「司法エリートは思想族」
 当時の検事総長、司法大臣はほとんどが「思想検事」である。これは、首相をつとめ多くの思想弾圧を手がけた平沼騎一郎の影響が大きい。この息子が現代議士の平沼赳夫である。
「戦後も」
 司法当局は「公職追放」メンバーを最小限にとどめ、しかも朝鮮戦争直前の「逆コース」の中で続々と復帰していく。その彼らが作ったのが「破壊活動防止法」である。著者は、この法律はいつでも「治安維持法」的効力を持つことができると言う。それを阻んでいるのは、まがりなりにも戦後民主主義の運動と世論であると・・・・・これからが勝負!!
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# by yksayyys | 2006-03-27 14:29 | 読書 | Comments(1)

ナチへの抵抗~ジョーク~

 この本で一番面白いのがこの「ジョーク」のところである。恐怖政治を敷いたナチには当然不満分子が生まれ、その不満が時にジョークという形で現れる。そのジョークには様々な種類、レベルのものがあり、私としても笑えるものもあるし、考えさせられるが笑えないものもある。また、難しすぎるものもある。そこで、ここでは印象に残ったものだけ紹介する。

①ドイツ空軍将校の一団がパリにあるパブロ・ピカソのアトリエを訪れた。一人の将校が有名な「ゲルニカ」の絵を見て、偉大な画家に尋ねた。「これはあなたのお仕事ですか。」ピカソは微笑して言った。「いいえ、あなた方のお仕事です。」

 私はこれが一番印象に残った。祖国の村ゲルニカを爆撃によって全滅させたナチに対する最大の皮肉であるといえる。

②ナチ時代の初期の頃、フランクフルト行きの特急列車の中で突撃隊(SA)の一人の隊長がユダヤ人と向かい合わせに座っている。ユダヤ人の挑むような視線を感じて落ち着きを失う。「ユダヤ人、言ってみろ。ドイツが第一次大戦に敗れたのは誰のせいか。」「隊長殿、ユダヤ人の将軍たちのせいです。」「どうしてだ、われわれの陣営にはユダヤ人の将軍など、いなかったぞ。」「隊長殿、われわれの方ではなく、相手の方です!」

 ナチのユダヤ人差別への痛烈なる一撃である。アインシュタイン、チャップリンに限らず優秀な人材を数多く輩出したユダヤ人を知る者にはうなずける話である。

③ドイツ軍がイギリス攻撃を計画していた頃、ドーバー海峡をどうやって渡るかを考えていたヒトラーの前にゲッベルスがひとりの人物を連れてくる。紅海を2つに分けた予言者モーゼである。ヒトラーは尋ねる。「お前は、どうやって紅海の水を分けたのかね。」「一本の杖によって。」「それだ!どこにその杖はあるのかね。」「ロンドンの大英博物館にあります。」

 イギリス攻撃の鍵をにぎる杖がイギリスのロンドンにあるという話。

 どんな状況にもユーモアというものがあるということは、いかにもヨーロッパらしい。残念ながら、日本ではそういう話はあまり聞かない。ナチは表向きはそういうジョークも「取り締まっていた」ことになっていたらしいが、実際は「見逃していた」らしい。いわゆる「ガス抜き」というあつかいといえる。著者は章の最後を次のようにしめくくる。

「ナチ・ドイツの政治的ジョークは、決してひとりでに生まれたものではない。それは、最終的には、何百万という犠牲者をともなうことになった政治体制によって、いわば呼び出されて成立した。これらの犠牲者には、国籍や人種、宗教や思想などを異にする多くの人々が入っている。彼らを結びつけたのは、共通の苦難の運命だった。ヒトラーとナチズムに向けられた政治的ジョークもまた、同じである。それは、共通の敵にたいして、ヒューマニズムにたつ人間をすべてひとつに結び合わせるものだったから。」
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# by yksayyys | 2006-03-26 21:30 | 読書 | Comments(0)

ナチへの抵抗~教育~

 「ナチ・ドイツと言語」を読み終わる。映像のレニ・リーフェンシュタールの話は何度もテレビ等で観たことがあったが、教育における教師ライヒヴァインの抵抗とナチに対するジョークの数々はとても興味深く読むことができた。ライヒヴァインは、ナチの「洗脳教育」に対し、体験・調査を重視する今の「総合学習」のような実践で教育という場で抵抗した唯一の教育実践者でした。最後は、反ナチ活動により逮捕され処刑の運命となってしまったが、それまでに彼が行った実践を著者は次のように書いている。
「ライヒヴァインは、こうした教育実験に対して、彼自身がそれまでの経験の中で身につけた人生=職業経験のすべてを注ぎ込んだといってよい。青年運動や労働者教育、国民高等学校運動からえた諸経験、南北アメリカや東南アジア、日本などへの研究旅行からえた広い視野、ワイマール時代にプロイセン州文相カール・ベッカーの個人的担当官として、またハレ教育アカデミーの教授として活動した改革教育の成果など、社会科学者として彼が身につけた教養と資質のしべてが結合されていた。」
具体的には
「これらの授業は、授業科目や時間表にとらわれない形で行われた。しばしば、課題と材料とに応じて授業時間数も長期にわたり、さらに幾つかの個別教科を包括した総合授業が企てられていた。分業にもとづくグループ作業のため、子ども達の学年や能力の違いが、かえって生産的に組み合わされた。上級生と下級生とがたがいに協力しあう共同体の中で、助け合いシステムが作られた。具体的な《社会化》教育と結びついて、最適な形で多面的な個人能力の開発と助成が行われた。それは、ライヒヴァインの意図する《共同体に仕える発達した人格》という社会的・人道主義的な教育理念を実現するものであった。」
 文章だけ読むとまさに私たち社会科教師のめざす「市民的資質を育成する教育」ではないかと考えられる。それを、「あの時代」に実践していたとは「驚異」とさえいえる。
(日本にも来たらしいが「大正自由教育運動」に学んだものと思われる。)

 教育の章を読んで思ったことは「ワイマール共和国時代と日本の戦後すぐの状況がよく似ている」ということである。「貧しいが、理想に燃えた時代」それがドイツはヒトラーの時代へと移っていくことになる。日本はどうであろうか。現在のところ、「似たような動き」のように思える。
 
 長くなったので、「ジョーク」は別の機会に・・・・・
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# by yksayyys | 2006-03-26 16:40 | 読書 | Comments(0)

宮田光雄「ナチ・ドイツと言語」(岩波新書)から

 この本のはじめに次の文章があります。
「広範な大衆に働きかけ、少数の論点に集中し、同一の事柄をたえず繰り返し、反論しえない主張になるまでテキストを確実に把握し、影響が広がることを望みながら辛抱強く忍耐すること。」
 これを読んでピンと来るのは小泉首相の「郵政民営化」「構造改革」に対する言動だと言えます。ただ、これは小泉首相の言葉でもなく日本の首相候補達でもありません。アドルフ・ヒトラーが「我が闘争」で述べたものです。岩波文化人の一人とされ「政治と宗教の関係を」専門分野とする著者はこの言葉を次のように言い換えます。
「大衆の情緒的な感受性にこたえて、論点を黒白図式で《単純化》して示すこと、それを《繰り返し》訴え続けること。断固とした口調で大胆に《断定化》することによって、ザッハリヒ(=即物的・客観的)な議論の代わりに確信させようとする手法が要約的に示されている。あきらかにヒトラーの成功の要因は、彼がこうして全力を注いだ大衆的デマゴギーによって、広範な、のちには圧倒的な、人気と支持をとりつけえたことにあった。」
 読めば読むほど、今の状況に重なりを感じてしまいます。この本の副題は「ヒトラー演説から民衆の悪魔まで」とあり、ヒトラーの演説だけでなくナチス政権下における映画、教科書そしてジョークにいたるまでその言語を検証しようというものである。
 明日には読み終わる予定であるが、「神の摂理」を確信するヒトラーとわが国のタカ派政治家たちには通じるものが多いように思う。「歴史は繰り返す。ただ、全く同じようには繰り返さない。」何が同じで何が違うか、用心深く読んでみたい。
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# by yksayyys | 2006-03-25 19:59 | 読書 | Comments(1)

歴史の中の「反戦」

「近代日本思想案内」の白眉は「反戦論・平和論」です。ここでは著者鹿野政直は解釈ではなく当人の声で「反戦」「非戦」を語ろうとしています。以下、記憶に残った言葉を・・・

「国家が正義を指定するのではなく、正義が国家を指導すべき」
「根本的に国家を愛し国家に忠なる者は、当面皮相の政策に迎合することなく、国家の理想を愛し理想に忠なるものでなければならない」
「一色塗抹的挙国一致は却って国家の理想の探求、達成を妨害するものである。」
「正義とは、人々が自己の尊厳を擁護する事、換言すれば他者の尊厳を害せざる限度において自己の尊厳を主張することであり、この正義こそ人間が社会集団をなすにおいての根本原理である。具体的にいえば、弱者の権利をば強者の侵害圧迫より防衛する事が正義の内容である」
   (以上、1937年反軍思想で東大を追われた矢内原忠雄)

「小生は寧ろ喜んでこの超畜生道に堕落しつつある地球の表面より消え失せることを歓迎致候も唯小生が理想したる戦後の一大軍粛を見ることなくして早くもこの世を去ることは如何にも残念至極に御座候」
             (「信濃毎日新聞」にて反軍記事を書いた桐生悠々が死の数日前に)

「稼ぎ手を殺し勲章でだますなり」
「塹壕で読む妹を売る手紙」
「手と足をもいだ丸太にしてかえし」
                      (以上、川柳作家で佐高信がよく引用する鶴彬)
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# by yksayyys | 2006-03-24 15:29 | 読書 | Comments(1)

ある弁護士の言葉

 昨日テレビで「18歳の少年、地裁で裁かれる」というニュースが流れていた。少年犯罪の厳罰化という流れを象徴する内容であった。そして、それに抗議する弁護士の姿が大写しとなった。向和典さんである。ハンセン病訴訟の副団長であり、数々の医療過誤訴訟に携わり、少年犯罪も手がけた「人権派弁護士」である。いちど酒席に同席させてもらったが、「社会悪に対し緻密に果敢に立ち向かう」姿に感銘を受けた覚えがあるが。腎臓透析を受けながらの仕事であることも聞いた。「ひとりでもたたかう」・・私の好きな人物像である。
 一昨日読み終わった「近代日本思想案内」にもひとりの興味をそそる弁護士が紹介されていた。大逆事件で幸徳秋水らの弁護士をつとめ、関東大震災の時の「朝鮮人虐殺」に抗議して次のように述べる。
「今、日本が米国に併呑され、米国人が日本および日本人を軽蔑しまたは虐待するなら、僕はきっとその時、日本の独立運動に狂奔するに違いない(中略)。解放運動があらゆる桎梏から逃れることが目的である以上民族的隷属に基づく軽蔑や虐待からも解放さるべく、まず独立運動を巻き起こすのは当然だ。僕は今朝鮮問題を考えて真に「自分をつねって人の痛さを知れ」ということをシミジミ日本人として感ずる。」(山崎今朝弥「地震憲兵火事巡査」より)
 1924年の文章である。どんな時代でも「考えている」人は必ずいる。
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# by yksayyys | 2006-03-24 14:44 | 読書 | Comments(1)

組織と個人

 今、私と縁浅からぬ人が2人「組織との軋轢」で苦しい立場に立たされています。2人とも私から見て「良識在る」人物で、ごく当然の「理にかなった」行動をしているのですが、組織は2人を「空気が読めない」人物として排除しようとしているようです。とにかく、2人にとって「最悪のシナリオ」とならないように祈るだけです。
 私もいろいろな組織に所属しています。職場、労組etc・・・・逃れられないもの、自ら選択したもの、・・・それぞれ特徴はありますが、組織は時々「自己保存のために個人を犠牲にする」ということがあります。「組織を維持するために個人を切り捨てる」ということです。ここで何度か登場した民法学者Uさんとその話で意気投合したことさえあります。組織は、図体が大きいのでその時代の制約を受けながら変化していきます。が、ひとりひとりの人間はそこまで融通無碍にはできていないのでその変化についていけなくて「異議申し立て」をすることがあります。しかし、組織は「組織の維持」を最優先して「申し立て」を却下していきます。それが続くと、その人間を「排除」していきます。企業でも同じで、よく「左遷」「降格」の後の社長就任というニュースを耳にすることがありますが、それは企業体制が一新されて「必要とされた」ためであって、「左遷」「降格」させた体制がその人物を引き上げることはまずもってありません。「硬直した組織は腐る」とよく言われますが、「組織が硬直する」ことを防ぐのは至難の業だと言えます。私も組織にうんざりする事は山ほどあります。が、その中で必死に動いている「ひとりの姿」を見て「彼を裏切れない」という気持ちで組織に留まっているようなものです。「敵対する者を利することは避けたい」という気持ちもあります。どっちにしても、「組織よりは人を見て」いこうと思っています。「組織と個人」これは昔から大きな問題です。ドストエフスキーの「悪霊」もそれがテーマだったと思います。・・・・ただ、最初に紹介した2人を追い込もうとしているのは「組織」というよりははっきりとした「組織悪」です。特にメディアに身を置く私の知人の場合は・・・・負けるなよ!!
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# by yksayyys | 2006-03-24 14:21 | 社会 | Comments(1)

床屋政談は嫌い

 先日、散髪に行ってきました。私が理髪店を選ぶ基準はひとつしかない。「床屋政談」をしないお店であること。これだけである。理髪師さんは、客をリラックスさせるためにいろいろ「世の中のできごと」をネタに話しかけてくることが多い。私はこれが嫌いである。なぜなら、理髪師さんが「世の中のできごと」を語る時の内容はほとんど(鹿児島県人の)「多数派」から見たものだからである。週刊新潮、週刊文春的なニュースであると言ってもよい。週刊ポスト、週刊現代ほどでもない。昨年行った理髪店の理髪師さんの話は「死刑は当たり前」「少年も大人と同じ裁判を」「公務員は税金泥棒」「人権、人権が子どもをダメにする」「北朝鮮を早急に制裁しないと」「韓国、中国の意見に耳を傾けよなんて日本人として許せない」・・・・どれひとつとっても私にとって「賛意」を表するものはない。髪を切られながら、顔剃りされながら私の返す言葉は「あ、そうですか」だけ。もちろん、次から店を替えました。結構このパターンって多いんですよね。特に40代、50代のおじちゃんが一人でやっている店は・・・・・今のお店は、ほとんど20代の若い人が4人くらいでやっているのですが、「白髪が前に集中してますねえ」とか「こんなに伸ばしてもらうと切る方も気持ちがいいですねえ」と聞いてくるくらいでついつい眠くなってくるぐらい。きっとこれまでのおじちゃん理髪師さんも「世論の最大多数」を考えて話しかけてくるんでしょうけど、「最大多数の最大幸福」を強調されると私らは「最小少数の最悪不幸」になっちゃうんですよね。散髪の時って「無」の状態になりたい私としては、どうも我慢ならなくて・・・・
 今のお店で困っていることはただひとつ。理髪師さんが多いので「ご指名は?」と聞かれること。別に誰でもいので「別にありません。」と答えると、カルテみたいなものを探して結局同じお兄ちゃんがやってくれます。そして、必ず言います。「白髪が前に集中してますね。」あとは黙々とチョキチョキ・・・・理髪師が多いので待つこともないし、ちょうどいいです。はい!!
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# by yksayyys | 2006-03-24 13:57 | 社会 | Comments(1)

論文はボツ

 12月から正月にかけて書きあげて学会に提出していた論文が、審査会議で学会誌への掲載が見送られたという連絡がありました。つまり「ボツ」ということです。昨年のNIE全国大会、九州中学校社会科研究大会の集大成と思って書いただけにちょっと残念でした。審査委員の一部が「以前まとめた「実践ハンセン病の授業」と同じだ」、と言ったらしいです。推して下さった鹿児島大学のU先生が「わかってない、私がその場にいたら、全く新しい深まりのある論考なんだと言ったんだが・・」と言ってくださったのが何よりの救いでした。U先生は「学会報告で」とも言ってくださいました。こういう機会を何度も与えてくれたU先生には本当に感謝しています。
 でも、「ボツ」というのは初めての経験でした。まあ、めげずに「実践的研究者」をめざしましょうかねえ。(教職員人事異動欄を斜め読みしながら・・・・・)
 
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# by yksayyys | 2006-03-24 08:13 | 社会 | Comments(2)

鹿野政直「近代日本思想案内」(岩波文庫)を読んで

 ずっと前の読みかけの本を「知識の整理」のつもりで読みました。近代史学者による「幕末からの思想入門」という感じでした。特に「目からうろこ」というものはありませんでしたが、「信仰の革新」という項目が印象に残りました。鹿児島に限らず、仏教の最大宗派は浄土真宗であることに間違いないのですが、親鸞の存在が注目され「歎異抄」が読まれ出したのは明治になってからだという事を初めて知りました。清沢満之が「親鸞に還れ」という運動を興して以降なのですが、しばらくは全く無視されたようです。それまでは、浄土真宗中興の祖蓮如の教えが中心でその著書が教義とされており、親鸞の著書「歎異抄」は蓮如によって発禁にされていたとのことです。戦前、仏教史研究の第一人者辻善之助が親鸞の著書を発見・再評価したことが、親鸞とその著書「歎異抄」の復権につながったとありました。浄土真宗にとっては室町期以来、組織拡大と実践に邁進したカリスマ蓮如の存在こそが「絶対」であったとのこと。その親鸞復権より倉田百三「出家とその弟子」により親鸞ブームが起こり、三木清、亀井勝一郎、服部之総、野間宏らによって「親鸞」が書かれ今に至っているようです。そういえば、10年くらい前に五木寛之が「蓮如」関連の本を次々に出していましたが、あれは「蓮如再評価」の動きだったんだということがようやくわかりました。「開祖」と「中興の祖」の位置関係というのも難しいものがありますね。
 娘の保育園も浄土真宗です。娘は仏様のことを「のの様」と言っていますが、阿弥陀仏をそう呼ばせているんでしょうね。ちなみに、うちの実家は日蓮宗なのですが、浄土真宗が「個人救済」を唱えるのに対し日蓮宗は「国家・社会・宇宙の救済」を唱えていたとのことで北一輝、石原完爾ら右翼思想に連なっていく信者が多かったようです。そういえば、あの政党も「日蓮」ですね。
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# by yksayyys | 2006-03-23 02:56 | 読書 | Comments(1)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・


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