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アマノジャクはこう考える

NIE研究会から

 鹿児島県NIE研究会に参加しました。昨年度は、全国大会で実践発表させてもらったのですが、「ちょっと苦手な雰囲気」もあって足が遠ざかっていたのですが、妻の薦めもあって今回は顔を出してみました。川野先生から今回の講師の方の特異な経歴も聞いていたのでちょっと「おもしろ半分」で出てみました。会場は南日本新聞会議室。あそこはセキュリテュイチェックの厳しい所で、受付で番号カードを受け取ってようやく扉の向こうのエレベーターに乗れるという「秘密会合」めいた手続きが必要になります。会場に入ったらほどなくNIE研究会の総会が行われ、私の苦手なNさんが議長をし、シャンシャンと進んでいきました。続いて実践報告。新聞記事によればタイトルは「新聞こそが最良の教材」・・・私の嫌いなタイトルでした。「新聞こそ」とか「最高の」「唯一の」とかいかにも新聞社が喜びそうなタイトルには「おいおい」という気がして敬遠したくなります。が、報告が始まってみるとこれが「面白い」のです。スタートから報告者の方が「最近、憲法改正とか教育基本法改正とかきな臭い情勢で非常に心配している。」と述べました。おそらく会場にいる人の3分の2くらいは「違う思想・信条」の持ち主ではないかと思われたので思わず周囲の人たちの顔を見渡したものです。特に今回の講師は「あっち系統(笑)」だと聞いていたのですぐに表情を見ましたが、複雑な顔をしていました。多分あの時にあの講師の人も会場の雰囲気を探っていたのではないかと思います。実践もとても興味深いものでした。レポート自体は口調もレジュメも「淡々」としていましたが、高校生たちと「テーマをたて」複数の新聞を読み比べて読解力を育てるという国語の授業は生徒達もコメントの「深さ、面白さ」もあってどんどん引き込まれていく感じでした。圧巻は、「教育基本法」に関する報告で、そこをメインに報告するこの先生も大したものですが、生徒達のコメントも実に面白いものでした。質疑では、川野先生がいくつか聞いていたのですが、この川野先生の発言もあって会場はいっきにリベラルな雰囲気に包まれました。「この報告を聞けただけでも来て良かったな」と思ったものです。続いて講演ですが、「腹をたてながら聞くことになる」と思っていたのですが、予想に反して「勉強になる」報告でした。現場、行政、大学と渡り歩いているだけに「どういう情報が求められているか。どういう話が聞きやすいか。」を十分心得た内容でした。おそらく、「意に反してリベラルな人たちがいる」と察して過激な発言は控えたのではないかと「私は」考えました。
 ただ、以前新福さんも言われていましたが「NIEは学会を作る程のものであろうか。」という疑問は感じました。私も「教材論」「教育方法論」として大切なものとは考えていますが、これを「社会に還元する理論として構築する」というにはどうか・・・・・まあ、学会なんて星の数ほどあるでしょうから、無意味な事はないと思いますが。
 まあ、結論としては充実した1日でした。川野先生、両研究会ともいろいろありがとうございました。また、いろいろ教えて下さい。

 この文章でブログが250号になりました。100号が目標でしたので出来すぎです。ではまた・・・
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# by yksayyys | 2006-05-22 11:41 | 社会 | Comments(0)

2つの研究会に参加して

 土曜日に2つの研究会に参加してきました。1つは組合の教育研究集会でもう1つはNIE(教育に新聞を)研究会。以下参加記を・・・・

「教育研究集会」
 第一の感想は「全体会の参加者がまた一段と減ったなあ」ということ。おそらく全組合員の3割にも満たないであろう。相変わらず集合も遅い。執行委員、推進委員の熱意・努力にもかかわらず「教研離れ」には歯止めはかかっていないようです。「勉強しない教師」は子どもにも保護者にも相手にされないはずですが。さて、社会科分科会には9人が参加していましたが、前日確認した「参加予定者」がすべて来ていたということでこんなことは「初めて」でした。3分の2は「いつものメンバー」でしたが、皆さん意欲を持って参加していたと思います。講師には鹿児島大学の川野恭司先生をお招きしました。問題提起の内容は、「社会科」というよりは「組合と教職員」と言った感じの内容で、宮崎での高校勤務時代に体験した「年休獲得闘争」とそれに端を発する「生徒総会」でのやりとりが生々しく再現され、それがそのまま川野先生の「教師とは」「組合とは」という「根元的な問い」につながっているという話でした。これまで伺ったことのない話で、参加者一同得るものは十分すぎるほどにあったと思われます。私は、川野先生の「言うべきことはきちんと言う」「手をつなげる者とは手をつなぐ」というかねてからの言葉をあらためて確認させられたような気がしました。分科会終了後は、川野先生を車に乗せてNIE研究会の行われる南日本新聞社へと移動しました。・・・・・とりあえず、娘を保育園に連れていってきます。会の報告はその後で・・・・・

 言い忘れましたが、全体会におけるKさんの「教育基本法改悪反対」の問題提起は、とてもわかりやすかったです。パワーポイントを初めて使ったそうですが、それは意外でした。結構便利ですよ。
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# by yksayyys | 2006-05-22 08:03 | 社会 | Comments(0)

運動会

 今日は、娘の保育園の運動会でした。今グッタリしているところです。それに関連して3つ。

「弁当」
 昨夜、唐揚げや煮物などの下味をつけ、四合のご飯をタイマースイッチにして今朝五時に起きて弁当づくりに励みました。おじいちゃんおばあちゃんも来るので全部で六人分なので結構な分量でした。気がかりだったのは、今朝は七時から地域の奉仕作業も予定されていたこと。弁当づくりがはかどらず、妻に相談して妻に奉仕作業に行ってもらいました。前回も妻に行ってもらいましたので、次は二回続けて私が行くことになりそうです。結局、弁当づくりに二時間かかりました。煮物に時間がかかるんですよね。
「鉄琴」
娘の最初の出番の「かけっこ」は予想通りビリッけつでした。が、驚いたのは昼食後のマーチング演奏でした。「ひとり鉄琴だよ。」といって「何かが下手くそでまわされたんだろうな」と思っていたところ、何と二曲目の「エーデルワイス」は娘の独奏でした。他の楽器はピタリとお休み。その間の「長く感じること感じること」・・・時間にして二分足らずでしたが、一〇分くらいには思えました。まずはそつなくこなし、ひと安心。でも、気難しい娘ですが結構度胸があるなと感心しました。怖い気もしますが・・・・
「終わりのことば」
 娘の最後の出番が「終わりのことば」でした。何に驚いたって、「声の大きい」事に驚きました。
あの「内弁慶」の娘があんなに堂々と・・・・妻ともども驚きました。主任の先生が言うには「練習の時よりずっと良かったです。」とのこと。下積みの嫌いなところは私に似たようです。
「親バカ三題噺」でした。

 余談ですが、保育園にも「国旗掲揚」「国旗降納」が必要ですかね。全く・・・
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# by yksayyys | 2006-05-21 19:25 | 育児・家庭 | Comments(0)

「見える天皇像~巡幸と儀礼~」

 父が経営していたホテルに今の天皇夫妻と独身時代の秋篠宮が泊まったことがあるが、とにかく準備が大変であった。絨毯はすべて入れ替え、宿泊する部屋の家具は桐製のものに買い換え。すべて自腹である。また、周囲の家にもチェックが入り、祖母の瓶は「ハエが来る」と撤去、叔父の飼っていた牛は「非衛生」とすべてお引っ越し。とにかく何度も宮内庁のお役人が来たそうである。天皇が使った家具は、今実家で「孫のおもちゃ箱」となっている。
 さて、「天皇のページェント」を今日読み終わった。いつものように印象に残った箇所を列記する。

① 天皇が明治期に巡幸する際、皇室が菊の紋章であることを知る庶民はほとんどおらず、新潟では桜の紋章が飾られていたという。なお、三種の神器を持ち歩いたのだが、もちろんほとんどの者がその存在はおろか名前も知らなかったという。北海道では、天皇を知らない者も少なからずいたという。今の天皇制の歴史などほんの百年ちょっとのものなのである。
② 皇室の結婚の仕方を定めたのは、大正天皇からで、古式ゆかしい格好はしているが、歴史は古くない。
③ 日本の十大鳥居(はじめて聞いた)のうち、1875年以降に建てられたものが9つを占める。有名な靖国神社の鳥居は陸軍省が建立した。その後、上野の西郷さんをはじめ巨大なモニュメントづくりが次々に始まる。
④ 新聞は、大正天皇と皇后の「一夫一婦制」をえらく讃えたらしいが、大正天皇が明治天皇の皇后の子ではなく女官の子である事にふれる新聞はなかったという。
⑤ 皇室に関わる儀礼は、「近代国家の威厳」を示すものは東京で、「伝統」を示すものは京都という風に分けて行われていたらしい。
⑥ 明治天皇の葬儀は神道形式で行われたが、その前の孝明天皇まではずっと仏教方式で行われていた。国家神道の歴史も知れたものである。
⑦ 今と違い、天皇が巡幸する際は整然と見送る人たちに加えて、ドンチャン騒ぎやハレンチ騒ぎを起こす事も多かったという。まあ、イベントなのである。
⑧ 昭和天皇の「大喪の礼」の日に唯一沖縄県の大宜味村役場だけは通常勤務を行ったという。

 著者は昭和天皇の葬儀の際のイベントは「失敗」したと見ている。庶民にとって天皇の威厳がどうのこうのといった現象はおきなかった。その様子から危機感を感じた支配層が今、反動的な動きを取っているとみている。どうだろうか・・・
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# by yksayyys | 2006-05-19 22:04 | 読書 | Comments(2)

朝刊から

「古賀誠議員、靖国分祀を提案」
 この人は引退した野中広務とともに「戦争反対」「平和憲法擁護」を明確にしていた自民党議員である。イラク特措法の採決の時も棄権か退席かしたはずです。父親が南方で戦死し、母親が苦労して自分を育ててくれた。そういう体験が「自主憲法制定」を掲げる自民党の中でも「護憲」の主張につながっているのだろうと思います。そういう彼が遺族会長でいるのが不思議でたまらなかったのですが、こういう提案をしてくるのはよくわかるような気がします。それに対して安倍が「政治の争点にするな」と言っていますが、「ハト派は自分たちの立場に酔っている」と言うタカ派の安倍にしては分祀などもっての他なのでしょう。昔の自民党には宇都宮徳馬、三木武夫、後藤田正治などの平和主義的政治家が結構いた。従軍慰安婦問題を政府が認めたのも、宮沢内閣だったからであることは間違いない。それが私たちにも「ま、いっか自民党でも」と思わせてきた。が、今はそういう多様な自民党ではなくなってきた。やはり、小選挙区制はよくないのではないかと思う。
「陸軍毒ガス戦資料発見」
 「歴史の評価は歴史家に任せる」この発言は多くの人が口にしてきた。フランスのド・ゴールもそう言ったし、日本の竹下登でさえそう言った。その意味には「いつか自分の言っていることの正しさを証明してくれるはずだ」というものもあるだろうと思う。小泉が信長好きなのも「俺もああいう評価にならないかなあ」と思っている気配が濃厚である。そういう意味で歴史家の存在というのは重要である。戦争の事になるとすぐに「・・・・はなかった」という本が書店に並ぶ。南京虐殺、従軍慰安婦、強制連行等々私の嫌いな渡部昇一がまた最近そういう雰囲気にのってそういう類の本を書き出した。(これがまたよく売れる)が、新聞でコメントしていた粟屋憲太郎やかつての藤原彰、江口圭一、大江志乃夫、吉見克明あるいは山田朗などの仕事はそれだけに大きな意味を持つ。「歴史学を志すものは実証的でなければならない。」教師もこの言葉を忘れてはならない。
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# by yksayyys | 2006-05-19 13:07 | 社会 | Comments(0)

モチベーション

 昨夜、妻が帰宅したのが11時くらいでしたが、風呂に入った後、「学級通信を作らなきゃ」と
12時を回ったくらいに仕事を始めました。現場にいると、どうしてもこういう「時間外労働」が多くなるんですよね。「教師は5時に帰るからいいよね。」と言われるたびに「こういう実態をどれだけ判っているのだろうか」と考えてしまいます。「人材確保法案」による給与優遇もなくなるようですが、部活動の問題も含めて「時間外労働」にどう対処するつもりなのか大いに疑問です。
 さて、そういう妻ですが「忙しい」反面、「充実している」と言います。7年ぶりの担任というのもあるのかも知れませんが、13人のクラスの子どもたちに「全力投球」しているのがよくわかります。職場内には問題が山積しているようですが、教室では「水を得た魚」のようにしているようです。どう考えても私よりも妻の方が教師に向いているようです。モチベーションの問題なんですよね。私は、育休前は「このまま辞めてもいい」くらいの気持ちでいました。それくらい「もう教育現場に未練はない」と思ったものです。ただ、こういう「モラトリアム期間」があると少し冷静になって、「やるだけやってみるか」という気持ちも出てくるようになりました。しんどい時代に頑張る仲間の姿も十分励みになります。出版社の友人も「この仕事(編集者)はモチベーションが命」と言っていました。「面白い人生」を再度模索してみようと思います。
 妻は今日の夜はガーデニング教室に参加します。毎晩タフだなあと感心します。私は今日は明日の教研集会のことだけ考え、それが終わったら明後日ある娘の「保育園の運動会」の弁当のメニューを考えたいと思います。息子はアンパン食った後、ぐっすり寝ています。
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# by yksayyys | 2006-05-19 12:40 | その他 | Comments(0)

トヨタ神話

 昨夜、筑紫哲哉のニュース23にトヨタ元社長で経団連会長を近く引退する奥田某が出演していた。「これまでの経団連会長で最も首相と密接」と言われていたためか最近は意識して「そんなに仲がいいわけではない」と言い始めています。しかし、最近のメディアのトヨタの持ち上げ方は異常ではないかと思います。新聞社もこぞって「強さの秘密」といった企画のもと、連載をしていましたし、読売に至っては「ヨイショ」本も出版しています。世界一が間近な「利益1兆円企業」なので注目するのはわかりますが、そこにメディアらしい批判的な視点がなさすぎるような気がします。以前は、トヨタと言えば企業城下町の代表企業とされ、「カンバン方式」の名のもと、「社員の締め付け」「下請け企業いじめ」などで有名を馳せ、教科書にもその「特異性」がとりあげられる程でしたが、今やそういう側面は一切触れられず「日本経済の牽引者」の報道ばかり。「リストラしなかった」という事が強調されがちなような気もします。
 私は、以前から「トヨタよりはホンダ」「松下よりはソニー」できた方ですが、最近はどの会社も似たようなものでちょっと残念です。結局「儲かった者勝ち」なんですかねえ。ちなみに奥田さんの弟は大丸百貨店の社長です。兄弟で社長やってました。
 さあ、今から洗濯物干しだ!!
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# by yksayyys | 2006-05-19 08:00 | 社会 | Comments(0)

民団と総連

 差別というものを知ったのは、すべてと言っていいほど大学時代を過ごした京都においてであった。まず入学時に大学で渡された「同和問題の手引き」というパンフレットを思い出す。鹿児島で過ごした18年間で一度も国内の差別問題について教えられた記憶はなかった。が、入学後関西や福岡、広島などの友人から部落差別や朝鮮人差別についていろいろな事を聞いた。差別を肯定する父親と殴り合いの喧嘩をしたという大阪の友人もいた。なお、京都という土地は川を隔てて「むこうは高級住宅街、こちらは被差別部落」という風にはっきりわかれていたり、この辺は「朝鮮人街」という風に町全体がそう呼ばれていたりと、普通に生活していても気づくような土地柄であった。ちなみに赤い鳥が歌った「竹田の子守歌」に出てくる「あの在所越えて」の在所は被差別部落のことであると森達也・デーブスペクター著「放送禁止歌」(解放出版社)に書いてあった。大学内でも「同和行政・同和教育」のありかたをめぐっての2つの勢力争いがあるのはすぐにわかったし、左右の対立以上にそちらの対立の方が激しいのがわかった。のちには、朝鮮人差別の話も耳に入るようになった。そういう活動をしている人の話では「部落差別は行政が面倒みてくれるが朝鮮人差別は放ったらかしや。差別の中にも差別があるんや。」と言っていた。そして、その朝鮮人団体にも「民団」と「総連」があった。
 私は、2回生の時に実家の会社が倒産して、バイトざんまいの生活が始まったが、一番長くやったのが清掃業のバイトであった。床を磨いてワックスをかけるという仕事であったが、仕事先のほとんどが隣保館と呼ばれる同和対策事業の建物であった。公民館だったり保育園だったりしたが、高層住宅の建ち並ぶ「同和地区」の中の建物が多かった。バイトの先輩が「こういう所の仕事は役所で左遷させられた人間のする仕事や。見てみい、いつ見ても将棋か囲碁かばかりやってるやろ。」と言われたのを鮮烈に覚えている。あと、ヤクザが経営するパチンコ会社の事務所にも掃除に行った。スリッパひとつ動かしてあっても大目玉を食らうという緊張を要する事務所であった。だいたい、休みの日に掃除はするので大目玉を食らったことはなかったが、事務所の正面に大きな「全斗換(チョンドファン)」韓国大統領の大きな写真と韓国政府の感謝状があるのに気づいた。上司に聞くと、パチンコの収益の一部を母国の韓国に送金しているのだという。つまり、そこのヤクザは在日朝鮮人なのだという。「パッチギ」でもわかるが、就職の機会に恵まれずヤクザとなった彼らにとっても母国は特別だという事がよくわかる光景であった。京都も南の方に行くと民団や総連の建物があったし、東山の方には朝鮮人学校もあった。
 その総連と民団が和解するのだという。新聞にもいくらかのコメントが載っていたが、「同胞」という呼び名にあるように自らの出自による「組織」に癒しを求める人は多い。私たちも海外に住めば、日本人どうしの交流が「支え」になる可能性が高い。母国の政治状況に左右されない「温かい」組織になれることを祈っている。そして、「差別」の状況が少しでも改善されることに「つながれば・・・・・・・
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# by yksayyys | 2006-05-18 22:46 | 社会 | Comments(2)

花束と海

 最近、雨続きなので娘を保育園に送ってから海岸の近くの駐車場で車を停めて「新聞タイム」を取っています。息子もそこに車が停まると絵本を読み出します。ちょうど、この文章の左にある写真の海岸のすぐ近くです。すぐ側でK大学の教授(いちどフィリピン旅行を一緒にしたことがあります)の家が建設中です。でかいです。そして、駐車場の隅に目を転じるとある一角に必ず花束が置いてあります。いつも、新しいので「こまめに」換えているのだろうと思います。おそらく、この場所から考えてここら辺の海岸で亡くなった人のためのものだろうと思います。この周辺はNPOの人たちがボランティアでいつも清掃していますので、その花束の所もきれいになっています。もしかしたら亡くなった人はサーファーなのかも知れません。私たちが車を停める頃、若いおにいちゃんがよく来て海を見ながら携帯で連絡をとっています。「今日は無理」「今日は最高」と波の様子をメールで連絡しているものと思われます。最近は、「べたなぎ」で全然いませんが、多い時は昼過ぎから加速度的にサーファーが増えていきます。きっと、この花束を供えている人も、供えられている人も「海の好きな人」なんだろうなと思います。こういう私も、泳げないし釣りも下手くそですが離島出身ということもあり、海が大好きです。息子も好きになってくれたらなあと思っています。
 今、娘はピアノの練習中、息子はテレビでアンパンマン視聴中、妻はPTAのミニバレーの練習で遅くなるとのこと・・・・・みんな元気です。
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# by yksayyys | 2006-05-18 18:56 | 育児・家庭 | Comments(0)

修了証書の制作者と飲む

 先日来、知り合いとなった娘の仲良しのお友達のお父さんが昨日ビールを下げて遊びに来ました。合計なんと6時間「しゃべりにしゃべって」帰っていきました。私も久しぶりに「教員」「同窓生」以外の人と飲む機会を得られました。会話の内容も結構面白かったです。今の会社における「正規社員と臨時社員の扱いの違いへの違和感」や「パチンコ」の話あるいは「マニアの域を超えたオーディオ」の話など・・あと聞かれた話としては「人事異動」の話や「学級編成のやりかた」、中学時代の「クラス分け」が今でも不満らしく、一応私から「王道と言われる分け方」を説明するとおおよそ納得がいったようでした。40年来の不満が解消したようで何よりでした。あと、私の方から近所の温泉について「お湯と身分の関係」(江戸時代、殿様用、一般武士用などと分かれていたそうなので)「お湯と皮膚病との関係」(ハンセン病と温泉は切っても切れない関係なので)などについていろいろ質問をしてみました。関東の私大で日本史専攻だったとかでいろいろ教えてくれました。そして、一番驚いたのはその方が解雇された印刷会社では「高校、大学の卒業証書を作っていたという話を聞いた時。「もしかして」と大学院の修了証書を見せたら、「これはうちが長い間ずっとやってますよ。」とのこと。証書は、紙の大きさや種類からいって「間違いが許されない」仕事だったそうです。このブログを見ている何人かの証書も間違いなくこの「おじちゃん」が作ったはずです。
 しこたま飲んだこの方、「久しぶりにパチンコ以外の話がしたかったんですよ。」と嬉しそうに奥さんの迎えで帰っていきました。
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# by yksayyys | 2006-05-18 17:11 | 育児・家庭 | Comments(1)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・