「明治デモクラシー」(坂野潤治)、今朝読み終わった。大学時代、ゼミの教官が「坂野くんが言うとおりに」と何度も引用していたのがよくわかるような内容であった。あと、10年ほど前にある人と交わした「論戦」を思い出した。相手は某大学の助教授Mさんだった。しこたま酒を飲んだ後にPUKUPUKUさんと一緒に新婚のMさん宅に押しかけ、酔った勢いもあり、かなりしつこくからんだ覚えがある。論戦のタイトルは「戦後民主主義は大正デモクラシーを継承しているのか」・・・・私は、「丸ごとではないが継続している部分がある。」Mさんは「途切れている。戦後は全く新しい流れである。」この対立点は、そのまま学界における「大正デモクラシーを評価するかしないか」の対立点に相当する。したがって、決着がつくはずもないのだが、相当白熱したように思う。最後は,Mさんが「この人は卒論にしたからこだわりがあって引かないんだ。」ということになり、私も場がシラけているのに気づき議論をやめた覚えがある。今考えると、この本にある坂野さんのような事を言いたかったのだろうと思う。ある人にこの議論のことを伝えると「政治が出てるなあ。その議論。」ということであった。ただ、この本における「大正から昭和」にかけては「明治期」の分量に比べるとえらく簡単な記述になっている気がする。美濃部達吉、北一輝、吉野作造というそれぞれビッグネームがごくごく短いページ数で片づけられている。おそらく、新書の持つページ数からそうせざるをえなかったのだろうと思う。そこは、続編である「昭和史における決定的瞬間」(ちくま新書)を読むことで理解を図りたいと考える。
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# by yksayyys | 2006-04-17 13:51 | 読書 | Comments(1)

教育研究集会

 「コメントがなく寂しい」と書いたらすぐに反応がありました。みなさん優しいですね。あと新しい来訪者も来られたようですのでまた張り切って書こうと思います。
 先日、組合の専従のKさんか電話がきて「教育研究集会の推進委員を引き受けてくれないか」ということでした。1も2もなく引き受けました。育休中とあって、執行委員をはじめほとんどの役職は断ったのですが、これは「やらなければ」と思っています。私は社会科分科会の責任者なのですが、最近参加者が少なくなり困っています。鹿児島市だけで600人くらい組合員がいるのですが、社会科分科会は6,7人くらいしか集まりません。しかも、ここ3年くらいはメンバーも固定化されています。特に小学校は1人しか来ていません。以前から思っているのですが、小学校の先生は「社会科嫌い」が多いと思います。授業参観に行っても、社会科の授業を公開しているのは0ないしは1人くらい。小学校教諭のKさんにその理由を聞いたところ「社会科は準備が大変なうえに効果が出にくい。その点、算数とか音楽、図工などはできたという実感を与えやすいので、保護者向けにはうってつけ。」とのこと。そういえば、中学校1年生に入学当初「社会科は好きですか?」と聞くと、ほとんど嫌いと答えてくる。私にとってはこれは有り難いことでもあります。なぜなら、私のような拙い授業でも「面白く」感じてくれることにつながるからです。(もちろん、そうでない生徒もいっぱいいます。)まあ、小学校の先生ってやることが多いから大変ですけどね。その中で素晴らしい実績を残している白尾さんや上猶さんたちは、それだけスゴイ人たちなんだと思います。歴教協の佐々木勝男さんなんか典型的ですが、小学校の実践家の方って、みなさん明るく庶民的て「見るからに楽しそう」に授業をやっていますよね。私のように、すぐ自分の世界に入り込んでしまうクソ真面目なタイプは見習わないとと常に思っています。その点では、中学校でも、新福さんの訥々としたしゃべりで引き込んでいくスタイルは参考になりますし、川野(恭)さんの授業の「語り」は「魔法にかかった」ように集中できます
。どっちにしても、いい人たちに出会えたなあと今さらながら喜んでいます。その「出会い」のきっかけのほとんどはこの教育研究集会ですので、そういう思いをもっと多くの人たちに感じてもらえるためにも頑張ろうと思っています。学級経営の苦手な私にとって、「授業の充実」こそが教師としての「生きる道」だと思っています。学級経営ももちろん頑張りますけれど(笑)
 とりあえずは、どういう分科会運営をしていくかを考えたいと思います。あ、洗濯物を干す時間です。育児パパに戻らないと・・・最近、妻のチェックが厳しいです。ハイ!!
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# by yksayyys | 2006-04-17 07:52 | 社会 | Comments(2)

 大正デモクラシーならぬ「明治デモクラシー」「昭和デモクラシー」という言葉を使うのはこの著者独特と思われる。その理由を著者は次のように述べる。
「筆者は、日本の近代史を、上からの「富国強兵」の枠組ではなく、下からの「デモクラシー」の枠組みでとらえ直し、それを「連続」的なものとして理解することに努め、、、、、」
 今まで、「明治維新」「自由民権運動」「大正デモクラシー」「戦後民主主義」と別個に区切られてきた社会運動・民衆運動をデモクラシー運動として「下からの民主主義」の系譜としてとらえようという考えはとても斬新なものである。本書は、そのような考えに基づく「昭和史の決定的瞬間」(ちくま新書)の姉妹版というべきものである。今3分の2ほど読み終えたところだが、この本に底流するデモクラシーの流れが2つある。1つは「主権在民論」そしてもう1つは「議院内閣制論」である。この論の立て方を読んだ時に「あれっ」と思ったことがある。それは以前読んだ「中江兆民と福沢諭吉」の時にたてた2つの流れと一緒だったからである。あの時は「フランス流急進主義」「イギリス流漸進主義」という2つの政治思想の潮流というとらえ方であった。違いがあるとすれば、この本では「日本の近代史に一貫したデモクラシー(民主主義の思想と運動)の流れが存在する」つまり民衆運動の伝統を肯定したうえで2つの流れを追っていくということであろう。これまでは「思想」と「運動」は切り離し、「運動」の側面に着目して明治維新、自由民権・・・・などという分け方をしてきた。私も「政治思想」「社会思想」として「民主主義の流れ」を「戦後民主主義」までつなげた発想をしてきたこともあったが、「運動」としてはそれぞれ別個の完結したものとして考えてきた。殊に著者の言うところの昭和デモクラシーと呼ばれるものはこれまで大正デモクラシーの延長として扱われ、昭和に入って勃興した「右からの」「下からの」思想・運動である「昭和維新」と一線を画したものとして考えてきた。そういう意味で著者は、「元号の区切り」にこだわりすぎなのかなあとも思ったりする。ただ、「中江兆民と福沢諭吉」の時にたてた2つの軸については著者に賛同するものである。
 この坂野潤治という著者は学生時代よく聞いた名前である。近代史を学ぶ人間にとって彼の「明治憲法体制の確立」(東大出版会)は基本文献とされていたように思える。また、伊藤隆とともに「東大の近代史」の双璧でもあった。評価はいろいろあるが、教科書執筆者・監修者でもあることから日本の近代史の「主流」であることは間違いない。この本のあとすぐに田原総一郎との対談本が出たことを考えると、注目本のひとつなのだろうと思えるし、今後の歴史叙述にひとつのインパクトを与えるのかもしれない。いろいろ思うところはあるが、とりあえずは読み終わってからということで・・・・・・・・・・・
 話は全然変わるが、ここ10日以上ブログへのコメントがピタッと無くなってしまった。来訪者も3月は1日42という日もあったが、今は7くらいになっている。ちょっと寂しい気がしている。みんな忙しいんだろうな。それと「面白くない」のかなあ(笑)・・まあ、日記のつもりなのでめげずに更新していきます。
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# by yksayyys | 2006-04-16 01:54 | 読書 | Comments(6)

 SMAPのキムタクを初めてテレビで見たのは歌番組でもなくバラエティー番組でもなく、土曜の昼下がりのNHKの劇場中継であった。タイトルは「エノケンとその仲間たち」で演出が蜷川幸夫の話題作であった。いくら待ってもエノケンらしい人物は出てこなかったように思うが、キムタクが左翼学生の役で特高警察から逃れてエノケン一座に紛れ込むという内容であったように思う。キムタクはこの時蜷川からしごかれてよく便所で泣いていたとテレビで言っていた。
 エノケンは「喜劇王」として知ってはいるが、実際にその芸を見たことはなく以前CMで声を聞いたことがあるくらいだが、そのキムタク主演の劇がきっかけで「戦前、戦中どんな演劇活動をしていたのか」はずっと興味があったので昨日川内の本屋でこの本を見かけた時はすぐさま購入した。内容は、喜劇の両雄エノケンこと榎本健一とロッパこと古川ロッパの生涯を多分に「交錯」させながら描いた評伝であった。庶民派の天才肌エノケンと華族に連なるインテリロッパが昭和初期のエログロナンセンスの時代に東京喜劇をもり立てていく様子がその時代背景とともに展開されていく。「下町VS山の手」「浅草VS丸の内」「松竹VS東宝」「歌舞伎VS喜劇」など様々な対抗軸が2人の活躍の下敷きとなって面白い。劇で描かれていた「左翼」との関係は実際にあったようである。文中より引用する
「あの時代榎本健一一座(カタカナはダメということでエノケンという呼び名を漢字へと変えられた)の文芸部に参集したひとたちのなかには、いうところの左翼崩れが少なくなかった。左翼ではなく左翼くずれであったところに、15年戦争に対するいくぶんとも屈折した姿勢があったように思われる。つまり左翼をもって任じた多くの舞台人が、組織の行動理念にしばられて、積極的に運動の一翼をになったことで当局の弾圧に屈する結果となった新劇の例とちがって、その組織から逃避したことによる多少のうしろめたさを常に身にまとっていた左翼くずれの多くは、運動に背を向けた場所で、体制から一歩退いた彼ら独自の世界を作り出していったのである。弾圧された左翼の多くが「転向」することによって自分の居場所を確保しようとつとめた時期、ひと足はやくリタイヤしたことで転向することもかなわなかった左翼くずれの作り出す世界には、きわめて強い韜晦の気分があったはずだ。そして、その韜晦の気分を具体的な「笑い」に昇華させる術において、榎本健一という役者はたぐいまれなる感性を有していたので、つまりは左翼くずれの頭脳とエノケンの感性が、戦時体制から距離をおいた独自の活動を可能にさせたのだ。」
 軍の検閲下、ロッパ一座をはじめ喜劇、新劇のほとんど宝塚までが時局迎合モノを演じていた頃、エノケン一座はほとんど関係なく「喜劇」を続けていた。もちろん、当局との激しいやりとりもあったようだが、「流されていない」ことは事実であったようだ。
 この本を読んで印象に残ったことは、どんな時代状況下においても「自分の考える笑い」にこだわるエノケンの強さと、それを求めていた庶民の姿であった。あと、自分がテレビで見たことのある人物たちの名前、水ノ江滝子、小沢昭一、滝沢修、小沢栄太郎、柳家金五楼等が妙に懐かしかった。
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# by yksayyys | 2006-04-15 16:18 | 読書 | Comments(0)

息子に教えられる

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 息子は娘と違って「乗り物」に興味があります。車に乗っていても救急車とすれ違うと「ピーポーピーポー」、バスとすれ誓うと「バッシュバッシュ」、列車を見ると「きっしゃ、きっしゃ」と指さしながら叫びます。今日、午前中川内方面をまわった後帰宅し、一緒に絵本を読んでいたところ、JRの列車の音が聞こえてきました。「ゴオーッ」線路まで200メートルくらいなので、特にうるさくはなくかえって風情があり、アクセスの良さを考えれば大変有り難い存在と言えます。音を聞いた息子は駆け足で庭に開いた引き戸の所まで行きました。そして、「きっしゃきっしゃ」と指さしながら叫んでいました。「見えないのに、よっぽど好きなんだな」と眺めていましたが、息子の目の焦点が動かないのをみて「もしかして」と息子に近づき、そっと視線を息子と揃えたところ、何とJRの列車が見えたのです。「あれ、家から列車が見えるんだ」この家に住んで3年間、初めて知りました。いつもJRは鹿児島向けに利用するためにそっち向けの車窓から我が家は全く見えません。でも、川内方面からだと家が一瞬見えるのです。これも、息子の行動と息子の目の高さからやっとわかったことです。しかも、川を横切る橋の上の列車の姿はなかなかのものです。
 これからは、音がしたら一緒に駆けていこうと思います。・・・・・列車通過後、息子は何事もなかたかのように絵本「たんたんぼうや」をながめていました。
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# by yksayyys | 2006-04-14 13:52 | 育児・家庭 | Comments(0)

「賠償」と「商売」

 「満州帝国」(学研」)を読んでいたら、「満州人脈」という項目に岸信介のことが書いてあった。満鉄、関東軍でできた人脈が戦後の政財界に大きな役割を果たしたというものであった。その中でも特に印象に残ったのは、岸が戦後の賠償支払いにからんで莫大な利権を手にしたというくだりであった。ちょうど10年前に組合主催の「戦後50周年スタディツアー」でフィリピンを訪ねた時にそういう話を耳にした。「ここは岸の利権である」と・・・そして、岸だけでなく笹川良一などの政商の名前も出てきた。具体的に言うと、「日本で使用された古い船やバスなどの自動車がフィリピン、インドネシアに大量に流されてきている。そこに岸人脈が生きている。」ということであった。たしかに船やバスに日本製が多かった。あちこちに日本語がそのまま残されているのですぐわかる。バスなど、正面上の行き先表示に「西新宿」と書かれたままのものもあった。
 表面上、日本とフィリピン、インドネシアなどは「戦後賠償」は終わっている。しかし、現地NGOの人の説明によれば、「お金や利権はほとんどマルコスなどの財閥の不正蓄財にまわされ、民衆レベルには何も降りてこない。賠償で作られる道路や橋もほとんどは日本企業が請け負うことになる。」帰国後私はそれを「賠償と商売」というふうに引っかけたレポートにまとめたが、私が描いていた「戦後賠償」とはだいぶ違っていたことは間違いない。岸という男は、開戦時の商工大臣として戦時利権に蠢き、そのまま戦後も首相の地位を利用して東南アジアに「賠償利権」を確立した。「妖怪」たる所以である。マルコス、スハルト、蒋介石・・岸の交渉相手はみな親米の開発独裁者たちであった。孫の安倍はその岸を尊敬し、思想・信条はそっくりそのままである。ちなみに福田康夫は「独自のアジア外交」を売りにしているが、その人脈は岸信介から派閥を継いだ福田赳夫のものである。岸、福田(赳)、福田(康)、安倍・・・このラインはそういうつながりである。小泉は福田の書生であった。・・・・・・・「愛国利権」族である。
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# by yksayyys | 2006-04-14 01:53 | 社会 | Comments(0)

面白い「日米交換船」

 先日紹介した「日米交換船」(新潮社)を昨日から読み始めましたが、ひじょうに面白いです。500ページくらいの大著ですが、息子が昼寝をしている3時間くらいの間に200ページくらいまで読み進むことができました。面白い理由はいくつかあります。まずは、構成。この「日米交換船」を調べ尽くしている加藤典洋と黒川創が乗船者である鶴見俊輔にインタビューするという形式がよみやすくしている。それぞれのユーモアあふれる語り口がうまい具合にからまっている。そして、何より面白いのは鶴見によって語られる交換船に乗っている多くの人物のエピソードの数々。鶴見姉弟、武田清子、都留重人あるいは野村、栗栖両駐米大使をはじめとする「名のある人々」そして、資生堂の社長の息子や林芙美子の元恋人といった「有名人につながる人々」そしてサーカスのメンバーや牧師さんなど「知られざる人々」それぞれが微妙に交錯しながら「アメリカから日本へ」の旅を彩っていきます。太平洋戦争が始まって、母国へと帰る日米それぞれの船には本当にユニークな人々が揃っていたんだなと感心します。私が印象に残ったシーンは、船内の中で時局の講演を聴いた女性が「アメリカには良心的徴兵拒否というものがありますが、日本では・・」という質問をするシーン。その時1942(昭和17)年、戦争の真っ只中にあって「一億総火の玉」状況下にある日本人に向けて発するアメリカ帰りの女性の発言の自由さ。それに向かって、時局に乗って「そういう発言はよくない」と注意する男性。そして、部屋に帰ってからその男性をぶん殴る牧師。「アメリカと日本との隙間」「戦前と戦中との隙間」だからこその多様で微妙な人間ドラマは下手なテレビドラマよりもよっぽど面白いと感じました。
 また、登場人物が多いせいか最近呼んだ本の内容と重なる部分が多かったのも、一気に読み進めることができた要因かもしれません。とにかくおすすめです。
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# by yksayyys | 2006-04-12 00:40 | 読書 | Comments(0)

便が快復

 昨週、息子の便がずっと軟らかく金曜日には病院にも行って整腸剤と抗生剤をもらいました。その後も数日間は水っぽい便が続き心配していましたが、「冷たい物を与えない」「水分を摂らせる前に食べ物を確実に摂らせる」などの対策を取った結果、昨日から「硬めの便」が復活しました。息子は、娘と違いグッタリすることもなく熱が出ることも少ないのですがまだ喋ることができないだけにかえって心配していました。ここ数日は天候のせいもあって外出も控えていました。まだまだ油断はできませんが、とりあえずは安心。「何のための育児休業?」と言われないためにも子どもの体調管理には気をつけていきたいと思います。
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# by yksayyys | 2006-04-12 00:16 | 育児・家庭 | Comments(0)

自信作!?

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 午前中、息子が「見て見て」(そう聞こえました)というのでのぞいてみると、積み木をしている最中で写真のような作品を作り上げていました。お姉ちゃんがいないので、喧嘩もせずゆっくりと作り上げた「自信作」のようでした。お姉ちゃんの建築が「上に上に」伸びていくゴシック風の
丹下健三型であるのに対し、息子の建築はポストモダン風の磯崎新型の「地べた型」のものでした。まあ、横に並べていっただけでしょうが、ちょっとアカデミックに解釈してみました。ちなみに私の家を設計してくれた建築家の方に磯崎新の名前を出したら「どうして知っているんですか。うれしいなあ。」ととても喜んでくれました。それ以来、この名前には注目しています。 
 娘は最近、お人形さんたちの居住空間を意識した構造を探っています。まだちょっと窮屈そうですが・・・・・・・・これも「親バカ」と言われるんですかね(笑)
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# by yksayyys | 2006-04-11 14:53 | 育児・家庭 | Comments(0)

関係改善

 最近、妻と娘が仲がいい。私が育児休業をとった当初は「女のくせにご飯をつくらない」「朝早く起きない」などと何かにつけて母親に食ってかかっていたのが嘘のようである。これも、「慣れ」というものであろうか。近頃は、「お母さんはいつも勉強している」と母親をたてる。今日私が「お父さんも本を読んで勉強してるでしょう。」と言ったところ、娘は「勉強は学校に行ってするんだよ!!」と言われてしまった。これは新たなる誤解。やっぱり時間がかかるのかな・・・・
 
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# by yksayyys | 2006-04-10 19:00 | 育児・家庭 | Comments(0)