2018年 03月 03日 ( 2 )

 県総合教育センター主催の土曜講座に参加してきました。土曜講座には苦い思い出があります。だいぶ前に担当者からこの土曜講座の講師をお願いされていたのですが、直前になって「土曜講座は担当職員が行うもので外部の人間は講師はできない」と上司から注意があったという事で断ってきたのです。当時は担当職員が気の毒で「はい、わかりました。」と了承しました。ところが、今日の土曜講座はまさに外部の人間が講師。「あれ、あの時の言い分と違う」!それも皮肉な事にあの時のセンターの担当職員が今日の講師でした。現在は県庁の職員です。「やっぱり何か他に理由があったのかな?」そう勘ぐってしまいました。
 講座そのものは勉強になりました。県が発行している明治維新150年の教材の「明治維新と女性」の項目を、ひとまとまりごとに解説をするというものでした。今までその冊子をぼんやり眺めていただけでしたので、じっくり関連知識を交えて話を聞くのは有意義な時間でした。しかし、私が面白いと感じたのは講師が私見を述べている時間でした。結構、本音で語っていたと思います。
 後半、ほとんど時間がない中で質問タイムがありましたので私が質問をしました。「西南戦争が終わってから大量の男子が死んで、大量の未亡人が発生し女性達は大変な苦労をしたはずです。この冊子にはその中で頑張った女性は紹介されていますが、多くの女性の苦しみ・悲しみのようなものが本当は大切なのではないかと思います。何かそういう資料を紹介して欲しいのですが・・・」講師の方は丁寧にわかる範囲で教えてくれましたが、現実的には難しいようでした。まさに荒廃しきっている鹿児島では新聞社の立ち上げもおそく、残っているのは東京などの新聞が伝聞をもとに書いているだけのようでした。わかってはいましたが、「やはりそうか」という感じでした。
 しかし、最後に講師が「公文書館の設置や県史の発行など課題に取り組んでいきたい」と言われました。とても大切なことだと思います。
一日どしゃぶりの雨でしたが、午前中は眼科の検診、午後は土曜講座であっという間に時間が過ぎてしまいました。明日は執筆とテスト作成に追われそうです。

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 金曜日にプクプクさんが私の授業を見に来られました。いつのまにかこの授業が研究授業と位置付けられ、校長、教頭をはじめ学年部の先生たちを中心に結構のぞきに来られました。校内研究授業は12月に終わったんですけど・・まあ、いいかという感じです。「来るもの拒まず」
 でも、指導案はありません。見る方はワークシートと資料のみ。生徒と全く同じ条件です。授業の流れは以下の通りです。
①歴史上の人物クイズ(いわゆる「景気づけ」です。)②授業の課題確認「モンゴル襲来は鹿児島にどういう影響を与えたか」③教科書的知識の確認。(穴埋め)④地図作業(モンゴル軍の進路と薩摩、大隅の防塁の確認)⑤絵画資料の検討⑥祈祷と一宮神社相論の検討⑦地元御家人の勲功の検討とその文書(入来文書)の確認⑧感想
 パワーポイントとワークシートを中心に展開しました。意識して多くの問いかけをしたつもりですが、生徒たちが結構乗ってきて楽しい授業となりました。後ろの方で参観している先生たちが必死に笑いをこらえているのがわかりました。その中で評価されたのは絵画資料の読み込みでした。最初の資料はよくつかわれるモンゴル兵と竹崎が向き合い、間にてつはうが破裂しているものです。あの絵は後世に書き加えられたことがわかっています。その箇所はどこかというので議論しました。もう1枚は、日本の五艘の軍船の絵で「島津の船はどれか」を探すものでしたが、生徒は意外に早くわかりました。島津の家紋を素早く見つけました。
 最後にはモンゴル襲来における「特攻」にもふれました。「神風」「特攻」という先の戦争中につながるものがあのモンゴル襲来にあったということを伝えたかったからです。
 管理職の評価も上々でした。彼らは、生徒が生き生きしていれば基本的にOKです。

 夜は打ち上げをしました。2人の予定でしたが、結局4人になりにぎやかになりました。楽しかったです。私は、翌日眼科の検査があったので少し早く帰りました・・・・

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