2018年 03月 13日 ( 3 )

Mさん

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 療養所を歩いていたらひとりの老人が私たち一行に声をかけました。私は「勝手に歩くな。何者だ!」と怒っているのかなと思いました。Um先生は「きちんと管理棟に許可を求めて散策しなさいと注意したのかな」と思ったようでしたが、どちらもそうではなかったようでした。Mさんは私たちをいくつかの建物に連れていってくれました。そこにはこのMさんが造った建物の模型がありました。これは楽生院の姿を再現したものです。ずいぶん苦労して造り上げたものだと思いますが、院のあちこちにMさんの作品がありました。きっと、私たちにその作品を見せたかったのだと思います。もちろん、自分の作品を紹介するだけでなく、療養所のあちこちを案内して下さり、多くの入所者を案内しても下さいました。Um先生が探し求めていた90歳の日本語ペラペラのCさんの所にも連れていって下さいました。今回の療養所訪問の恩人となった気がします。
 Mさん、ありがとうございました!

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by yksayyys | 2018-03-13 20:50 | 社会 | Comments(0)

火葬場

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ここは、楽生院の火葬場です。強制隔離政策は、故郷に帰ることを許さない政策でした。そして、親族との縁が絶ちきられる政策でした。その象徴がこの火葬場でした。日本の療養所では裁判の影響もあって火葬場や納骨堂などの施設は案内板付きで大切に保存される傾向にありますが、ここでは朽ち果てるままに放っておかれている気がしました。しかし、大切なのは想像力です。ここで、仲間に見守られながら送られた入所者のことをあれこれ考えることが大切なような気がしました。
 闘龍灘さんは「まさに荼毘に付されたという感じですね」と言われました。「荼毘に付す」という言葉が比喩でなく具体的にイメージできた気がしました。火葬場の近くに小さな碑があり「楽生患友火葬遺骨集塚」と書いてありました。同じ漢字文化圏の私たちにとって何の説明もいらない碑でした。Um先生も闘龍灘さんも初めて訪問した場所だったようです。



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by yksayyys | 2018-03-13 20:39 | 社会 | Comments(0)

ハンセン病療養所楽生院

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 ハンセン病療養所楽生院に行ってきました。日本統治時代に造られたもので、政府はその隔離政策の責任をとって補償もしています。写真はどちらも楽生院の施設です。旧施設と新施設です。園は、施設の老朽化と鉄道工事のため旧施設から新施設に入所者を移したい考えのようでした。ただ、私たちが訪ねた時はまだ多くの人達が旧施設に残っているようでした。日本の療養所は、郊外に広大な敷地を設けて造っていますが、ここは都市の近郊の山の斜面に造られています。移動は少々大変ですが、眺めもよく「遠くにつれてこられた」という感覚は少なかったと思われます。

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by yksayyys | 2018-03-13 06:39 | 社会 | Comments(2)