明日は3,11の授業

 明日は学校で1年生51名を相手に「3,11の授業」を実施する予定です。少し時期はずれましたが、やはりやらないという選択肢はありませんでした。この1年生、「3,11」の記憶はないそうです。これまでの生徒たちはリアルタイムで記憶があったのですが、今回はじめて「記憶に残っていない」生徒達に伝えることになります。先ほど、久しぶりに津波の映像を見ました。すると、少し気分が悪くなりました。こんな事初めてです。今まで何十回も見てきたのにどういうことなのでしょう。もしかしたら、自分の中で「風化」していっているのでしょうか。「きちんと見すえないと」という気持ちが薄らいできているのではないかと残念な気持ちになりました。
 今回は、これまでやってきたやりかたに加えて作文を読むことにしました。2年前に出された「つなみ 5年後のこどもたちの作文集」(文藝春秋)から女川の16歳の青年の震災・津波からその後の生活を綴った文章を読むことにしました。さっき、読んでいるうちに胸が詰まる思いがしました。 
 明日、生徒達にうまく伝えることができれば良いのですが・・・・

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by yksayyys | 2018-03-15 22:53 | 学校 | Comments(0)

九份(3)「悲情城市」

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 最初の写真の場所に戻ってきました。ここは九份が一気に観光地としてブレイクした映画「悲情城市」の舞台になった所です。私たちがウーロン茶と小籠包を食べた右側の店の名前が「悲情城市」で、みんなその看板を写真に撮っていました。もう少しいるとライトアップされてさらに綺麗になるとのことでしたが、「果たしてこんな混雑で、ホテルまで帰ることができるか」という心配から早めに帰ることになりました。帰りのバスは奇跡的に4人の席が空いており、私たち一行だけが乗れて帰ることができました。ラッキーでした。
 他にもいろいろ書きたいことはありますし、私にとっておなじみの「旅の大失敗」(帰りの国際空港での大失態)もありましたが、それもこれも封印して台湾調査旅行記を終わりたいと思います。

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by yksayyys | 2018-03-15 20:21 | 社会 | Comments(0)

九份(2)「観光客とお店」

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 バスを降りるとずっとこういう狭い道を降りていきました。両側はずっとこういうお店が建ち並びおいしそうな匂いがたちこめていました。それにしてもすごい数の観光客でした。日本でもここまでの観光客のいるスポットはないのではないでしょうか。日本人もいっぱいいました。今思えばどっかで何か食べておけば良かったなと思いました。しかし、とにかく迷子になりそうで・・・・

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by yksayyys | 2018-03-15 20:14 | 社会 | Comments(0)

九份(1)基隆を臨む

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 観光地九份にも行きました。これは、その九份から遠く基隆を臨む光景です。同行したKさんは「以前も来たが、こんなにきれいに見えるのは初めてだ」と言っていました。遠くに見える港町が基隆(キールン)です。私はどこでどう覚えたのか「基隆=軍港」と記憶しています。知り合いの説明によれば、台湾の開発はここに上陸して始まったということでした。過去の支配者はそこから台北周辺に向かったということでしょうか。私たちはそのまま九份のかなり上の方までバスで登っていきました。

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by yksayyys | 2018-03-15 20:09 | 社会 | Comments(0)

訪問記

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 今回の楽生院訪問の記録を文章にすることになっています。それは今回のプロジェクト報告書ではありません。実は私東京の療養所の同人誌を定期購読しています。先日、事務的な用事で向こうの編集部とメールのやりとりをした際に「楽生院に行きます」と言ったところ、「私たちは行けませんのでぜひ訪問記を書いて下さい。」と言われました。「私たちは行けません」という言葉に感じるところがあり、引き受けることにしました。Um先生の許可もとってあります。感動の醒めやらないうちに、でもあわてずに文章を書こうと思います。写真は入所者住宅の間をMさんを先頭に歩くUm先生、闘龍灘さんの後ろ姿です。向こうに生い茂る植生はガジュマルなどの亜熱帯植物です。奄美の風景によく似ていると思いました。

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by yksayyys | 2018-03-15 06:48 | 社会 | Comments(0)