2018年 04月 07日 ( 4 )

 今日、テレビを見ていたら「島に旅立つ先生たち」という特集が放映されていました。十島村という4年前まで私以外の家族がいた島のある村に赴任する教師たちの姿がそこにありました。身近な人達もいました。ひとりは我が家から10mも離れていない近所の家の娘さんでした。そして、もうひとりは7年前の教え子でした。生徒会長をしていた成績優秀な女の子でした。授業でのつきあいだけでしたが、とても真面目な生徒でした。その子の夏休みの自由研究は歴代のベスト3に入る優秀な作品でした。教員志望と聞いていました。テレビの映像を見て「ようやく夢がかなったか」と喜びましたが、よく考えてみるとその村の学校は小さすぎて指導教官を置けないことから新規採用教員は赴任しないことになっています。ということは、期限付き教員としての赴任なのでしょう。映像の表情はいきいきしていました。こんなに豊かな表情でハキハキしゃべる子だったんだと驚きました。きっと、島の生徒達と有意義なひとときを過ごすことができると信じています。
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 4月6日は全国的に小学校、中学校の入学式となっています。テレビのニュースも必ずその光景が出てきます。しかし、我が家ではこの日は妻の誕生日です。今日は、入学式に加えて学校の歓迎会もありましたが、そちらは断って妻の誕生日の準備に奔走しました。ケーキ屋、寿司屋、総菜屋とかけずりまわりました。が、息子がある予定を入れてしまっていて家族みんなで同時に祝うことができませんでした。
 全員が揃って家族の誕生日を祝うのはあと1年あるかないかなのですが、どうやらこどもたちにその気持ちは希薄なようで残念でした。
とりあえずは娘を入れて三人でハッピーバースデーを歌いケーキのろうそくを妻に消してもらうところまでは出来ました。やれやれという感じでしょうか・・・・

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 高畑勲が亡くなりました。言わずと知れた宮崎駿と並ぶ日本アニメ界の巨匠でした。いろいろな作品がありますが、私にとっては「火垂るの墓」が衝撃的でした。野坂昭如原作が映画化されたものでした。何が衝撃かというと「戦争の不条理」さでした。戦争が幼い兄妹を「これでもか、これでもか」と追い込んでいく。最後まで「救われることはない」。そういう映画でした。きっとそれが戦争の現実なのです。あらゆる災害に備える損害保険も、戦争だけは扱っていません。最大の人権侵害なのに最大ゆえに救済が不可能なのです。
 「火垂るの墓」で最も印象に残っているセリフは妹節子の「ロロップ、ロロップ」とサクマのドロップを欲しがるシーンでした。亡くなる前にも欲しがっていました。戦争中、自分の事で精一杯で戦時中の体制に組み込まれていった大勢の人々はこの兄妹を助けることはありませんでした。昨日のニュースの中に、戦争と平和について講演する高畑勲の姿がありました。こう言っていました。「私は日本が好きです。和を以て貴しとなす。みんなで一致団結する良さを知っています。しかし、それがマイナスとなる時もあります。欧米のように、自立した個人が周囲に影響されず自分自身で判断を下す事が重要だと思います。」この言葉に私は「戦後民主主義」というものを感じました。「個人の自立なくして民主主義など機能しない」!戦争を経験した久野収や丸山真男、鶴見俊輔らがくり返し強調していた事が高畑勲の思想・作品に注入されていたことがわかったようで嬉しく思いました。宮崎駿作品にも同様のものを感じます。だからこそ、世界に広がるのだろと思います。「日本の良心」がまたひとつ消えたような感覚です。

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 昨日、同じ校区内で殺人事件が発生しました。男女三人の遺体が発見され、警察は殺人事件の疑いで捜査しているようです。ニュース映像を見て「あ、あそこだ」とわかる住宅が殺人現場でした。私が、通勤途中によく通っていく場所でもあります。昨年暮れには、娘の高校のすぐ近くの公園で女子高校生が男子中学生に刺される事件もおきました。
 凶悪犯罪がどんどん身近になっていくようで嫌な感じがします。息子から、「怖いから部活の練習場まで車で送って!」と言われました。いつもは「甘えるな!練習の一環だ。歩け!」と言うのですが、しばらくは送ってあげようと思います。

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