2018年 04月 08日 ( 1 )

 働いている人はほとんどそう思っているのではないかと思うのですが、日本の民主主義は政治の世界に限定されていると思いませんか。いちおう政治制度としては民主主義のやりかたがこの国にはあります。しかし、働く職場のほとんどは「トップダウン」で物事が決まっていきます。どこの会社も取締役会が最高決定機関で取締役は社内、社外のごく限られた人々で構成されています。「合併」「提携」「統廃合」そして「倒産」「廃業」まで突然聞かされます。ひどい場合はテレビや新聞報道で聞かされます。そのまま路頭に迷うことになる人も多いと思われます。私たちの仕事もそうです。土曜授業とか小中一貫教育とか今度は二学期制まで、すべてトップダウンで決まっています。最近の傾向としては「議会の質問に答えて」という形で新聞報道で聞くことが多いようです。そのたびに「自分達っていったい何なのだろう。単なる駒か!」と思います。いちおうそういう事を職員会議でも言います。でも、会議で感じる雰囲気は「いい歳して青臭い事を言うなあ」というものです。管理職の言い分も「議会で予算付きで決定したことです。やるしかありません。」というものです。教育は、保護者や地域が主役で教員はその決定に従うべき。理屈としては成り立つのかもしれませんが、専門職として働いている私たちの意見は聞かなくてもよいということでしょうか。
 「暮らしの中に憲法を」は昔、革新陣営が旗印にしていた言葉でした。理念は今でも正しいと思います。このように「限定された」「形骸化した」民主主義がこの国を覆っているとすれば、それは国民が自らつかみ取った民主主義ではないからだろうと思います。
 私たちは学校の授業の中で「平和で民主主義を愛好する国民」を育てよと言われています。そのためには自分たちがそういう国民であらねばならないのです。明日からもまたいろいろありそうです。いや、これまで以上にいろいろありそうです。すでにいろいろな情報が耳に入ってきています。自分に嘘をつかないように・・・・そうありたいものです。

[PR]