カテゴリ:学校( 462 )

 金曜日にプクプクさんが私の授業を見に来られました。いつのまにかこの授業が研究授業と位置付けられ、校長、教頭をはじめ学年部の先生たちを中心に結構のぞきに来られました。校内研究授業は12月に終わったんですけど・・まあ、いいかという感じです。「来るもの拒まず」
 でも、指導案はありません。見る方はワークシートと資料のみ。生徒と全く同じ条件です。授業の流れは以下の通りです。
①歴史上の人物クイズ(いわゆる「景気づけ」です。)②授業の課題確認「モンゴル襲来は鹿児島にどういう影響を与えたか」③教科書的知識の確認。(穴埋め)④地図作業(モンゴル軍の進路と薩摩、大隅の防塁の確認)⑤絵画資料の検討⑥祈祷と一宮神社相論の検討⑦地元御家人の勲功の検討とその文書(入来文書)の確認⑧感想
 パワーポイントとワークシートを中心に展開しました。意識して多くの問いかけをしたつもりですが、生徒たちが結構乗ってきて楽しい授業となりました。後ろの方で参観している先生たちが必死に笑いをこらえているのがわかりました。その中で評価されたのは絵画資料の読み込みでした。最初の資料はよくつかわれるモンゴル兵と竹崎が向き合い、間にてつはうが破裂しているものです。あの絵は後世に書き加えられたことがわかっています。その箇所はどこかというので議論しました。もう1枚は、日本の五艘の軍船の絵で「島津の船はどれか」を探すものでしたが、生徒は意外に早くわかりました。島津の家紋を素早く見つけました。
 最後にはモンゴル襲来における「特攻」にもふれました。「神風」「特攻」という先の戦争中につながるものがあのモンゴル襲来にあったということを伝えたかったからです。
 管理職の評価も上々でした。彼らは、生徒が生き生きしていれば基本的にOKです。

 夜は打ち上げをしました。2人の予定でしたが、結局4人になりにぎやかになりました。楽しかったです。私は、翌日眼科の検査があったので少し早く帰りました・・・・

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 金曜日に教育センター主催の土曜講座への出席を申し込みました。教育センターの研修を申し込むのは20年前に教科外の技術を持った時の免許外講習以来のことです。妻も驚いていました。しかし、申し込む理由ははっきりしています。講座のテーマへの期待からです。テーマは『「明治維新と郷土の人々」を活用した郷土教育Ⅳ女性達の明治維新』でした。あとの講座が「アクティブ・ラーニング」中心だったのに対し、この講座だけは内容重視のものだと思えました。どんな講座かわかりませんが、「鹿児島の女性にとっての明治維新」をきちんと見すえた学習になることを期待しています。3月3日の午後からです。午前中は眼科の定期健診です。来週も忙しいかなあ!!
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 今、教師の「働き方」が社会問題となっています。明日は、内田良や寺脇研らを招いたシンポウムがあるので妻と一緒に参加の予定です。昨日の新聞には「リフレッシュ・・・・」なる期間が設定されるという記事が載っていました。しかし、私の勤務校の職員はそれを見てシラけた反応でした。当然です。うちの自治体は今年に引き続き土曜授業を年に11回実施することを強制してきているからです。現在でも土曜日は「勤務を要しない日」です。その土曜日を年に11回も出勤させようと言うのです。本来、学校の年間計画は学校独自で作成するものです。しかし、それは有名無実です。教育長が各校長たちに「完全実施」を強制しているのです。他の自治体ではけっこう学校によって実施回数がバラついていますが、うちの自治体はみんな同じ。教育長のパワハラ行政は目を覆うばかりです。
 職員室には県教委の「業務改善を」のポスターが貼ってありますが、「嘘つけ」とそのポスターにパンチを食らわす職員もいます。遅くまで仕事をする職員が悪いのではなく、仕事を増やし続ける行政が悪いのです。そこに目を向ける報道がほしいと思っています。パブリックコメントもあるようですので、思いっきり書こうと思います。

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 今、昼休みにひとりの生徒を対象に「特別補充学習」を行っています。「特定の生徒に補習?」と怪訝そうに思った方もいると思います。が、これはしょうがないことなのです。実はこの生徒、10月下旬に近畿地方から転入してきた中1の生徒なのですが、むこうの学校では地理だけを進めていたのでこちらに来た時は歴史を全く教わっていなかったのです。その範囲は何と鎌倉文化まで。授業態度はいたって真面目で関西人らしいユーモアもあるその生徒と相談したところ「その範囲も勉強したい」とのことでした。それで、昼休みに15分程度ずつ見開き2ページずつ勉強することにしたというわけです。面倒になった私が「4ページずつ進めようか」と提案したところ、「今のペースがいい」という返事でした。ということで、今どこまで来たかというとまだ「飛鳥時代」!先は長いです。しかし、この生徒にとっては忘れられない思い出になるのではないでしょうか。ならないかな(笑)!!
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 中社研の仕事で最も「面倒くさい」「嫌だ」と思う仕事はいわゆる「挨拶回り」「根回し」といういかにも日本人的な作業です。正直言って私みたいな「ドライ」な人間には鬱陶しいだけです。でも、年齢を重ねるにつれて「ここは辛抱して」と頑張るようになってきたのも事実です。「頭を下げるくらいでうまくいくようならいくらでも・・・」という気持ちもあります。前任校の職朝の場である事案に関して「私が勝手に判断して迷惑をかけました。申し訳ありませんでした。」と頭を下げたことがあるのですが、後から多くの職員に「大人だあ」と感激された事があります。何か不思議な感覚でした。
 今回も、「そこに挨拶に行くのなら同格の人を連れていかないと」と言われました。「同格」という表現に違和感と反発を覚えました。教育の世界にも「校長には校長が」「教育長には教育長レベルのポストの人間が」挨拶や交渉に行かなければ失礼にあたるという不文律があるということです。そんなの蹴散らしてやりたいという思いでしたが、今日校長に相談してみました。そうしたら、これまでの経験をもとにいろいろアドバイスをいただきました。「私が電話をしましょうか」と気を遣ってもくれました。私なんか、どんな先輩も後輩もみんな「一緒」という感覚です。もちろん、敬語などに気を遣う方はいますがそれは肩書きではなく「実績」や「尊敬」とかいったものです。
 まあ、世の中にはそういう「肩書き」が幅を利かす領域があるようです。先ほど言ったように蹴散らしたい思いですが、ここはじっと我慢して大会の成功につなげようと思います。

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 水曜日の1年生の6時間目の授業は、これまでの復習を白地図作業を通して行うというものでした。グループを作らせて、お互い協力しながら進めるように指示し「先生は一切教えません。グループの人たちに聞いて下さい。」と言いました。黒板にはでかい字で「協力」とだけ書きました。最初の方では2、3人の生徒が「先生、先生」と聞いてきましたが、私が教えないのをみて次第にグループ内で解決するようになっていきました。「教える」生徒も、かねてはおとなしく「自分の事だけ」という感じなのですが、今日は「聞かれたらしょうがない」という事で、図を書いたりしながら丁寧に教えていました。けっこういい学習だったと思います。まあ、とっくに習い終わっている内容だからできることなのでしょうが・・・・困ったのはかえって私の方でした。「教えたがり」「しゃべりたがり」の私にとって、「ここはこうしてね」「ここはこういう意味だよ」と言えないのはなかなかしんどいことでした。ついつい聞かれるままにすぐに教えて、こういう「学びあい」のチャンスの芽を摘んでいたのかもしれないと思いました。
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 最近は授業前に教科書の指導書を読むようになりました。これまではチラリとも見ることはありませんでしたが、読んでみると結構使えるネタもあって重宝しています。今日は2年生のフランス革命とナポレオンの授業でした。毎年、結構エピソード満載の授業となります。ベルサイユ宮殿の絵を使って、「トイレがほとんどなかったこの宮殿のどこで用を足していたのか?」という問いには生徒達も興味津々です。それに加えて今日はこの教科書の指導書のネタを使った問いを発しました。「この時代、マントにハイヒール、日傘が流行しました。その理由は?」というものです。ルイ14世の衣装などを参考にしながら考えてもらいます。実はこの答えも「糞尿」になります。当時、糞尿を野外に捨てていたためにそれが洋服にかからないようにマント、ハイヒール、日傘が必須だったということです。生徒達も結構ウケていました。 
 教科書、指導書、どれも毛嫌いせずに有効活用しています。そうなるまでに30年の月日がかかりました。筋金入りのへそ曲がりでしたから・・・・・

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 管理職をはじめ多くの教職員の評価を決定づけていると思われる鹿児島学習定着度調査(いわゆる共通テスト)ですが、今日未履修がないか確認するために校長室に保管してある問題を見せてもらいました。唖然としました。その理由についてはテスト後に書きます。「それでいいのか!?」こんな問題のためにみんなが振り回されているのか!!!!そんな思いです!!!!!!
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 4日は出勤でした。冬休み中とあって来ていた職員は半分ほどでした。みなさん、主に教育事務所に出す教育論文の執筆に忙しいようでした。あわてて学習指導要領やその解説を読み込んでいるようでした。私、この教育論文とやらをついに一度も出さずに退職を迎えそうです。まあ、他にいっぱい論文を出してますので気にする必要はないのですが・・・
 生徒とは一人だけ会いました。昨年、いろいろ辛い思いをした生徒でしたが、元気に野球のユニフォームに身を包んでいました。校長、教頭、教務の3人は来年度の教育課程作成の打ち合わせや3学期の行事調整に一生懸命のようでした。こういう私は中社研の研究紀要の原稿を書いていました。今年は例年以上に原稿が来そうにありません。新年早々胃の痛む日々となりそうです。

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 あけましておめでとうございます!2018年が始まりました。元旦は、妻の実家に挨拶に行きその日のうちに帰りました。2日は、午前中私の実家に顔を出し、そのまま私は教え子の同窓会に参加しました。今年40歳になる教え子たちの「厄払い同窓会」に招待されたというわけです。昨年も3つの同窓会に顔を出しましたが、今年は1つでした。冒頭、ひとりの教え子が亡くなったために黙祷を捧げました。悲しい事ですが、そういう気遣いのできる学年だという事が嬉しかったです。多くの教え子と話ができました。私は、あるひとりのやんちゃ坊だった教え子の変貌ぶりに驚きました。中学時代は「面白ければ何でもいい」という感じでどんな悪さも平気でする生徒でした。高校時代もあまり良い評判は聞きませんでした。しかし、今は実家の家業を継いで2児の父親として立派な大人となっていました。嬉しい限りです。
 ある男の教え子からは「先生の影響で僕反体制派だから」と言われました。そんな影響を与えたつもりは毛頭ないのですが、最近同窓会でそういう事を言われることも多くなりました。もちろん、反面教師としている教え子もいることでしょうし、本人の価値判断でそう思っているのなら良いのではないかと思っています。
 正月行事はいちおう一通り終わった気がします。いよいよ「始動」ですかね!!

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