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小田部雄次「華族~近代日本貴族の実像と虚像~」(中公新書)を読んで

 読書を「楽しむための読書」「認識の変容を求めての読書」「知識・教養を広げるための読書」の3つに分けるとするとこの本は明らかに3つ目の知識用だったと言える。著者は東京裁判研究で有名な粟屋憲太郎氏のもとでファシズム研究をしていたらしいが、華族の日記等に目を通すうちに華族研究へと研究対象が移っていったそうである。民衆運動や天皇、政党などの研究に比べて「華族(貴族)」の研究は確かにブラックボックスとなっていたような気がする。「女帝」問題がメディアを賑わす今日、「四代の天皇と女性たち」(文春新書)などの本を出しているが、時流にも乗って「売れっ子」だともいえる。
 概略を述べる力量はないので、印象に残った部分、「ヘーッ」と思った部分を以下に記します。

① 貴族院議員は公爵、侯爵は30歳以上になれば終身議員(無給)に、伯爵、子爵、男爵は30歳に達すれば同爵間で互選して任期7年の議員(有給)になることができた。衆議院はよくテストなどでも聞かれるが、貴族院は聞いたことがなかった。今でも参議院が30歳以上なのは貴族院の名残かな?
② 原敬は「爵位」を辞退したらしいが、その理由は「衆議院議員でいたいがためであった」ということである。「名誉」より「実権」を重んじたということか。
③ 華族の子女は学習院、女子学習院に無試験で入学でき、高等科を卒業すれば、欠員があれば東京・京都両帝国大学に無試験で入学できた。近衛文麿、木戸孝一らはそのルートをたどる。
④ 爵位の相続は「男子であるばかりでなく、男系であること」とされた。現在、「女性天皇」に反対している人にはこの華族出身者が多いそうである。
⑤ 華族の交流センターといえる華族会館は鹿鳴館を改修したものである。
⑥ 学習院の教員の給料は、華族出身よりもそれ以外の出身の方が給料が高かったそうである。この本には「身分の上位の学生を教えることの精神的負担」がその理由とあったが、そんな理由が通用するのかなと不思議に思った。
⑦ 全国に148あった国立銀行のうち1つの銀行が総資本金の47,3%を占めていた。それが「華族の銀行」と言われた第15国立銀行であった。株主はトップから順に島津、前田、毛利、細川、徳川・・・・「大大名ばっかり」。全国に30ほどの支店があったそうだが、東京、大阪、神戸をのぞけばなぜか鹿児島県に鹿児島、川内と2つ支店があった。どうして、川内だったのだろうか?
⑧ 板垣退助は民権運動関係者としては珍しく爵位をもらったが、「華族制度」そのものには「差別である」と反対し続け、爵位も1代限りで返上したそうである。最初からもらわなきゃいいのに。
⑨ 華族には「趣味に生きる」優雅な人たちが多かったが、その代表が山階芳麿という人で鳥類研究所を設立したほどであった。こないだ結婚した紀宮が努めていたのがこの山階鳥類研究所であった。けっこう、実績がありヤンバルクイナの発見はこの研究所の仕事であった。
⑩ 敗戦間際に近衛が昭和天皇に上奏した文に「イギリス・アメリカは国体の変更までは考えていない。怖いのは共産革命だ。」と書いてあった。今の天皇もそういう事を言ったといわれている、その認識はそのまま「戦後」に引き継がれたように思える。
⑪ 近衛文麿の長男文隆は、関東軍に所属し停戦命令に従って武装解除に応じ、ソ連軍に投降した。文隆が近衛の長男であることを知ったソ連は、文隆をスパイにして日本の政界に送り込む計画をたてたが文隆がそれを拒み、シベリアの獄中生活で41歳の生涯を終えた。
⑫ この本のオリジナルは「朝鮮貴族」の記述であると著者が述べている。王族、貴族ともに併合後のことは知られていない。伊藤博文が韓国皇太子を日本に留学させたところまでは有名だが・・
⑬ 「華族研究」のパイオニアは歴史家の大久保利謙である。大久保利通の孫である。よく聞く名前だ。

 以上、巻末に「華族一覧」がある。総勢1000人を超えたようである。北里柴三郎は意外だったなあ。 
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by yksayyys | 2006-04-30 23:32 | 読書 | Comments(3)

また病院へ

 息子が発熱と鼻水ダラダラ、娘が鼻水ジュルジュル。よって、ただいまから病院へ行ってきます。2人ともはちょっときついなあ。
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by yksayyys | 2006-04-30 08:36 | 育児・家庭 | Comments(1)

華族と勲章

 小田部雄次「華族~近代日本貴族の虚像と実像~「(中公新書)を読んでいたら、先日「春の叙勲」の発表があった。佐高信は企業経営者を評価する基準に「世襲しない」「相談役などにつかずにすっきり辞める」などとともに「勲章をもらわない」というのをあげている。理由は「人間の等級づけに反対する」ということだが、ご存じの通りこの世の中は「有り難く頂戴する」という人がほとんどである。もらえるように「運動する」人もいると聞く。この「叙勲」は戦前の「華族」制度と密接に関連しているが、詳しくは読み終えてから書きたい。さて、県内の受章者には中学時代の教頭先生の名前があった。教頭、校長、教育長と登り詰めていく人にとっては「勲何等・・」と序列化」されている勲章は「新たな人生の目標」となるのであろう。ちなみに、現在天皇以外で最高の勲章「大勲位菊花章大綬章」を持っているのは中曽根康弘元首相。首相の在任期間、「改革」の主唱者という実績を考えると、小泉首相も将来もらえる可能性は高い。
 しかし、今回残念だったのは、女優吉永小百合さんが紫綬褒章をもらったこと。「浦山桐郎に育てられ、被爆者体験の朗読を続けている人が・・・・」他人の人生をとやかく言わないというのが私の信条ではあるのだが・・・・・正直言って「拒否して欲しかった。」
 私の目標は、大江健三郎のようにノーベル賞をもらって文化勲章を拒否することである。もうずいぶん前から決めていることだが、問題は「燕尾服を持っていない」ことと(何よりも)「何の実績もない」ことである。(笑)
 そういえば、「褒章」と「叙勲」は違ったっけ。まあ、似たようなものか。
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by yksayyys | 2006-04-29 14:17 | 読書 | Comments(0)

騒音

 育児本で有名な小児科医松田道雄はよく「乳幼児にとって大切なのは静かな環境である」と言っている。そういう意味で今住んでいる所は、静かでいい所である。ただ、唯一気になるのが自治体が鳴らす時報のチャイムである。都会には滅多にないが、地方に行くと結構このチャイムというのが頻繁になる。私の自治体では、まず朝の6時、次が10時、そして正午、次が3時で、次が5時、最後は夜の9時。夏休みはこれに午後6時が加わる。正確に言うとチャイムではなく音楽なのだが、これが結構長い。室内の「防災放送」の音声スイッチは消してあることが多いのだが、外の音量がえらく大きい。小さい子供がいる家庭にとって、睡眠時間というのは貴重な時間であり、あのけたたましい音楽はまさに「迷惑そのもの」である。多分、外での農作業や道路工事などの土木作業の人たちのために鳴らすのだろうが、このご時世、時計を持たないで仕事をする人はそうはいないであろうし、また作業員すべてが持っていないということはないだろうと思われる。どうしても、昼間が無理なら、夜中の9時と早朝の6時だけでもやめてほしい。「安眠妨害」このうえない。明日、明後日は休日だが、もちろん関係なく「騒音」は続く。これについては行動を取ろうと思っている。
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by yksayyys | 2006-04-28 21:51 | 育児・家庭 | Comments(1)

二谷貞夫さんの警句

 「歴史地理教育」5月号は二谷さんの文章を読めたことで十分な収穫であった。ページ数にしてわずか6ページ。こめられた思いには迫力さえ感じた。まず巻頭の言葉。
「最近、本誌を読んでいると、社会科教育・歴史教育の教師達が教材を研究し元気良く授業しているように思えない。伝えたいことを述べる前に、形式的に繕ってしまっていないのか。本誌は学会誌であるが、同人誌であり、運動誌でもある。気軽に若い人がポンポンとものを言って欲しい。編集子が今の社会科教育に何か言うことはないかというので、こんな書き出しにした。」
 この「社会科教師たちへの警句」は後半さらにヒートアップする。
「元気がなく、その日暮らしで、教室で智恵を発揮して授業はできず、部活・生徒指導・進路指導に振り回されて、管理や評価でてんてこ舞いしているのが日本の教師だ。度量も器量も小さくなって当然の締め付け。ぶつぶつとものは言うが、児童や生徒の信頼を得て、教師集団で授業に取り組むはつらつとした教師や学校の姿が見えない。」
 一番言われたくないもっともな意見である。二谷さんはこの「歴史地理教育」の編集を長いことやっていた。日本社会科教育学会の会長も務め、社会科教師で知らない者はいないとまでは言わないが、知らない人とのつきあいは私はないような気がする。一昨年、鹿児島で全国社会科教育学会(広島大学系統)の大会が開かれた時に私が発表した分科会の司会をされ、終了後は私の指導教官U先生の命により車で桜島を案内させてもらった。車中二谷さんから聞いた話はどれも面白かった。学会、大学、教育運動、社会科・・・どれも第一線を歩いてきた自負にもとづく含蓄のある話であった。こういう立場の人にありがちな傲慢さは微塵も感じなかった。U先生の口癖の「力のある人は穏やかな人だ。」「正しいことをやっていれば偉くなる。」は二谷さんの事だなとわかった。
 文章は先ほどの巻頭から「戦争体験」へと続く。いわゆる東京大空襲で「逃げまどった」話である。そして、戦後の初期社会科の授業を受けた話に続く。私としては、「サイコロでみんなの学用品を巻き上げる」「野球少年で路地裏の三角ベースを楽しんだ」などの逸話も面白かった。初期社会科は「体験重視」「調べ・討議重視」と言われるが、「はいまわる社会科」という批判もあった。「歴史地理教育」を発行している歴史教育者協議会はどちらかというと批判的であったはずだが、重鎮の二谷さんは明確に初期社会科を支持している。記憶に残っているのは「朝鮮戦争の新聞の切り抜き」「鉄道の調べ学習」だという。そして次のように述べる。
「初期社会科を体験した者は、大日本帝国憲法に替わって成立した日本国憲法の理念を、身を以て体現していった。具体的には、人権の理想と平和を大切にする思想を身につけることであったといえよう。人を人として愛すること。あのB29の爆撃とその被災から解放されて、個人の尊厳と平和の尊さを知ったことであった。」
 私はすぐに歴教協県大会の講演に二谷さんを推薦するメールを県の事務局に送った。ぜひ実現してもらいたいものだ。そして、最後の言葉を引用して自らを鼓舞して終わりとしたい。
「このようなことをまとめてみたのは、正念場にある日本国憲法と社会科教育について述べたかったからである。この正念場は、私たち一人一人の生き方を、人として非戦・軍縮と、断固として戦争しない国を創造する闘いである。日々是抵抗ということである。」
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by yksayyys | 2006-04-28 07:30 | 社会 | Comments(0)

迫力のデュオ

 茨木のり子・長谷川宏「思索の淵にて」(近代文芸社)をようやく読み終える。先日は、「茨木のり子はよくわからなかった」と書いたが、最後の数編の詩でよーくわかった気がした。あとがきで長谷川も言っていたように、このデュオは途中までは「しっくりいってなかった。」ようである。が、途中からは見事なハーモニーを奏でるようになり、最後あたりは「高らかなアリア」となった。素材が「戦争」というもに向かっていたからかもしれない。「私がきれいだった時」はかつてどこかで読んだことのある「若さの輝きと戦争の暗さ」を綴った詩だった。「準備する」も戦争のみにくさを皮膚感覚で訴えていた。が、異色だったのが「四海波静」だった。ずばり「天皇の戦争責任」を追及する詩である。次に引用する。
 
 戦争責任を問われて
 その人は言った。
   そういう言葉のアヤについて
   文学方面はあまり研究していないので
   お答えできかねます
 思わず笑いが込みあげて
 どす黒い笑い吐血にように
 噴き上げては 止り また噴き上げる

 三歳の童子だって笑い出すだろう
 文学研究果たさねば あばばばばとも言えないとしたら
 四つの島
 笑ぎに笑ぎにて どよもすか
 三十年にひとつのとてつもないブラック・ユーモア

 野ざらしのどくろさえ
 カタカタカタと笑ったのに
 笑殺どころか
 頼朝級の野次ひとつ飛ばず
 どこへ行ったか散じたか落首狂歌のスピリット
 四海波静かにて
 黙々の薄気味悪い群衆と
 後白河以来の帝王学
 無音のままに貼りついて
 ことしも耳すます除夜の鐘

長谷川はこの詩の解説を次のようにしめくくる。
「戦争責任にもっとも深くかかわった人物の一人が、三十年前に戦争責任の問題を「言葉のアヤ」だと一蹴した時、群衆の間からは大きな笑い声も怒りの声も起こらなかった。いまも、群衆と天皇の関係はさほど変わっているようには思えない。この一事をもってしても、戦後六十年、戦争責任問題はなお未決だといわねばならない。」

 納得!!
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by yksayyys | 2006-04-27 11:25 | 読書 | Comments(0)

「母子家庭」という言葉

 妻が家庭訪問後の生徒指導資料を作成していた。病気のこと、交友関係のこと、障害のこと。これを分類して、「職員全体で共通理解しておかなくてはならないこと」をピックアップして職員研修を行う。これが、今頃どこの学校でも行われる仕事だといえる。それに関して思い出したことがある。4年前のことであった。年度末のクラス編成の際に個人カードが作られる。「いじめの関係にないか」「リーダ性があるか」「ピアノがひけるか」などのチェック項目があった。が、その時の学校はここに「母子家庭」という言葉があった。つまり、「母子家庭」であるかどうかが学級編成の参考事項になるというのである。私は抗議した。「母子家庭であることに問題はない。この項目は必要はない。」すかさずある教師が発言した。「問題行動を起こす生徒に母子家庭の子供が多い。必要だ。」私は、「そんなデータがあるのか。」と言った。「だって◯◯とか△△とか」・・・「☆☆は母子家庭だが、問題なくきている。」そんなやりとりが続いた。私は、「母子家庭であることは本人にとっては逃れられない事情である。問題ととらえる姿勢を変えていくべきだ。」と言い、最終的にこの項目は削られた。「理解してもらった」というよりは「うるさく言うのでやむなく削った。」という雰囲気だった。その証拠に、毎年提案の際にこの項目は復活し、その度に「指摘する」という繰り返しだった。その提案が「意図的」なのか昨年のまま提案という「惰性」によるものかはわからないが、私に言わせれば「わかっていない証拠」としか思えない。
 「母子家庭」(「父子家庭」もそうだが)という言葉には「普通でない」という意味が多分にこめられており、教師の中にも「発達にいろいろ問題がある」と思っている者が多い。先日、保育園で聴いた講演では「もう西欧、北欧諸国ではシングルマザーは普通である。それを伝統回帰のような発想で結婚しろとか離婚するなというのではなく、そういう家族形態にあわせた発想と制度が必要である。いずれ日本もそういう傾向になる。」という話があった。
 ひとりの子供を見る時の背景として「家庭状況」を頭に入れておくことは必要である。が、「母子家庭の子は問題を起こす。だから、クラス編成で参考にすべき。」という思考形態には教師特有の「思いこみ」があると思える。今でもひそひそと「でも母子家庭はやっぱり・・」という声はあるらしい。(そう聞いたことがある。)
 私は「あの子は母子家庭ですか」と聞かれたら「それがどうかしましたか。」と言うことにしている。
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by yksayyys | 2006-04-27 08:02 | 育児・家庭 | Comments(0)

常識を疑う

 「常識を疑う」というタイトルは保守的雑誌によく見るものであるが、ここでは「批判的に物事を見る」という意味合いで使いたい。昨晩の会合でBさんが公民の授業をしながらの感想を述べてくれた。今年から新しい教科書になっているわけだが、冒頭の記述に「戦後における女性の社会進出の拡大傾向」が出てくるという。これだけ聞けば、全然不思議にも思わなかったが、Bさんによると「労働比率(人口に比較しての労働者の比率)でいけば、女性は逆に数字が落ちている」という。言い換えれば、「徐々に専業主婦は増えている」というのである。私は、「農業や家内労働をする女性が以前は多かったということ?」と気くと、「それもある」とのこと。昨年、選択授業で「戦後の社会変化」を中学生たちと調査したBさんならではの指摘である。この続きは、来月20日の支部教研で報告してもらうことにする。以前から「少年の凶悪犯罪は、実は減っている」等、流布される情報に「思い違い」をさせられている事がよくある。「本当にそうなのかなあ」と批判的に見る姿勢、やっぱりこれが大切だと思う。
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by yksayyys | 2006-04-26 13:20 | 社会 | Comments(0)

「企業の社会的使命」の教材研究

 今日の南日本新聞の25面はそのまま公民の授業で使えそうな紙面であった。授業にタイトルをつけるとすると「企業の社会的使命とは?」って感じか。まずは、住友金属の元女性社員が起こした訴訟「男女差別訴訟」。「昇進」「賃金」の男女格差を訴えたものだが、原告側に和解金を払うことによる決着となりそうだ。裁判長の和解案が使える。
「真の男女平等を目指す精神が社会、企業に根付いているとは楽観できない。住友金属のような大企業で改革が進展すれば、社会の意識改革を進めるうえで極めて有益だ。」
 すぐ横の記事は、戦時中の強制連行による「賃金未払い」を求める韓国人による訴訟で、うったえられたのは今の新日鐵である。ただ、この訴訟はいつものように「日韓基本条約で個人の賠償は放棄されている。」と却下されている。しかも「戦後、日韓の通信状況が悪く企業から通知書を送っても届かなかった可能性が高い。」というよくわからない理由が述べられている。企業と戦後補償の関係は、「花岡訴訟」が有名だが、ドイツでは大企業が個別の補償に応じている。子供達はどう考えるだろうか。そして、その上にドカーンと2つあるのが「汚泥談合」「焼却炉談合」の談合記事。出てくる企業名は「三菱」「日立」川崎」などビッグネームばかり・・・
 「企業は社会に対してどのような責任と使命をもつか」・・今の時代に重要なテーマである。
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by yksayyys | 2006-04-26 13:06 | 社会 | Comments(0)

ひな祭り

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 遅ればせながら「ひな祭り」の絵です。昨日、教育研究集会推進委員会に出席してから夜の10時ころ帰宅してみると食卓の上に載せてありました。今朝、聞いてみると娘が「どう、上手でしょう!?」と誇らしげでした。親が見ても「なかなかのもの」です。上手いか下手かはもちろんわかりませんが、自分の趣味にでもしてくれればいいのになと思っています。私も、才能にさえ恵まれれば芸術を生業としたかった(笑)
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by yksayyys | 2006-04-26 07:46 | 育児・家庭 | Comments(0)



ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・
by yksayyys
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