アマノジャクはこう考える

スキー&スノーボード2004-2005

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浜園さんの生涯

浜園さんについていろいろ書籍がありますが、次のHPに詳細なインタビューがあります。

http://www.livinghistory.jp/PDF/hamazono.pdf
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by yksayyys | 2007-08-31 04:43 | 社会 | Comments(0)

最後の研修

 実は今日から泊で福岡まで行ってきます。「おいおいまた県外旅行か」と驚く方も多いと思います。確かに今年は県外旅行が多かった。神戸、八代、別府・・・そして今度は福岡。私が「鑑真展が見たい」と言っていたのを妻が気にしていたみたいです。まあ、妻も福岡の大学卒業ですので行きたいのだと思いますが・・・・31日は市立博物館を主に研修しますが、1日は子ども達と遊ぼうと思います。子どもたちもこの夏病気ひとつせず頑張りました。特に娘は「ネガティブ発言」を繰り返し親を辟易させながらもだいぶ成長してくれたような気がします。
 そして、夏は終わります。ねえ、みなさん!!たぶんほとんどの人が今元気ないでしょうね。
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by yksayyys | 2007-08-31 04:31 | 育児・家庭 | Comments(1)

栗原俊雄「戦艦大和 生還者たちの証言から」(岩波新書)を読んで

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 昨日、中社研の単元テスト委員会の直前にこの本を読み終わった。いやあ勉強になりました。私も小学生のころ「大和マニア」でした。「ゼロ戦と戦艦大和」という本を繰り返し読み、大和の様々な数値を暗記したものです。全長、排水トン、主砲の口径etc・・・・興味を持った理由は「世界最大・世界最強」の謳い文句でした。そして高校の時に現代国語の先生の推薦で吉田満「戦艦大和の最期」を読んだ。ちょうど「きけわだつみのこえ」とあわせて読んだので強烈なイメージを持った。今に至る私の戦争観はこの時にできあがったといってもよい。あとの学習はその「補足」である。そして、この本で自分の「大和物語」は終わった。やはり、大和に乗っていた者達の証言は重い。私がこの本に折り目を入れた箇所が3カ所ある。その理由となった文章をひとつずつ挙げてみる。

 天皇の「お言葉」をきっかけとして実現した第二艦隊の水上特攻作戦は、天皇の「御下問」を受け、不適切な作戦だったと総括された。

 沖縄への特攻作戦が大本営で図られた時、天皇は言った。「飛行機だけでやるのか?」この言葉に海軍は「いえ、海軍の総力を挙げてやります。」と答えた。これで無謀な水上特攻が実施され、3000人が海に消えたのである。それについて、天皇は大和が沈んだ後「この作戦は適切だったか」と海軍に聞いたそうである。米内海相は「適切であったとは言い難い」と答えた。頭にくる問答である。「許せない」と思う。・・・・・・・・次の折り目の文章は

 近年の「大和ブーム」について、正治は懸念を抱いている。「大和が過去の栄光として、美化されているのではないか」。昨今の政治についてはこう思う。「今も、戦争に召集される人達ではなくて、召集する人達がこの国を動かしている」

 浜園さんもこの事を強く強調していた。今も昔も「指導者に対する不信感」は根強い。そして、最後の文章。

 毎年4月7日には鹿児島県枕崎市で開かれる、第二艦隊戦没者の追悼式にも参加してきた。

 県内でこういう行事があるとは知らなかった。この場所「火之神公園」として整備されているという。「地域おこし」の一環のようだが、純粋な気持ちで一度訪ねてみようと思う。
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by yksayyys | 2007-08-31 04:06 | 読書 | Comments(2)

浜園さんと敗戦

 まだまだ伝えたい話が残っていました。浜園さんに敗戦の日について尋ねました。8月15日は百里基地で迎えたそうです。その時、浜園さんの上官は「みんなで突撃しよう」と誘いをかけたそうです。最近、この手の話をよく聞きます。「天皇の軍隊は、奇跡的に整然と短期間に武装解除を終えた」というのが常識になっていたと思うのですが、先日の小沢昭一の話でも「決起に巻き込まれそうになった」というのがありましたが、結構あちこちで「混乱」が起きていたのが事実のようです。そして、その誘いを浜園さんはきっぱりと断り、逆に抗議したそうです。「あなたがたは戦中は安全な所にいて多くの若者を死に追いやった。この期に及んで死の道連れにするのはやめてもらいたい。」浜園さんは、特攻作戦については「人命軽視」であることに加えて「作戦としても愚かである」と強調する。「パイロットというのは軍にとっては何ものにも替えがたい貴重なものである。それを次々に死なせるなんて・・」と!!浜園さんは何度も日本軍の「非合理性」というものに触れた。そして「神がかりな精神性」というものを唾棄すべきものと言った。前書いたようにすべては「レイテ湾に上陸するアメリカ軍」の姿で悟ったのである。あと、海軍内のしごきについても話された。映画やテレビに出てくる軍によるしごきについても「あんなもんじゃない。そりゃあひどいもんだった。」と言う。「というか滅茶苦茶だった。」とも言う。よく小説などにもあるように古参兵の学徒兵や知識人兵に対するものは「異常」だったという。
 ところで、かつおくんが読んだ浜園さんの本の書名を教えてもらえませんか。図書館で探してみます。
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by yksayyys | 2007-08-31 03:39 | 社会 | Comments(2)

「授業化」

 知っている方もいると思うが、12年前、妻はこの浜園さんを学校に呼んだりして中学校社会科研究会の公開授業をやる予定であった。もちろん題材は「特攻の授業」!それで「命の大切さ」を訴えたかったということである。しかし、授業前に教え子が「いじめを苦に自殺」してしまい、授業は中止となってしまった。彼女にとっては、「特攻」も「いじめ」も忘れられないことで「命」ということではつながり、授業も継続してやっている。私は、他の領域では自分が上だと思っているが(笑)、この2つについては妻に「かなわない」と思っている。が、今年は「いじめ」も「特攻」の授業もしようと思っている。できれば「特攻」は研究授業にして公開しようかとも思っている。もちろん「公開」に値する授業にするつもりでいる。そういう事で自分を追い込むのが私のやりかたである。あー!!
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by yksayyys | 2007-08-30 06:45 | 社会 | Comments(0)

「子は宝」

 私は、再度浜園さんを訪ねようと思っている。意外にも鹿児島県内から訪ねて行く人は少ないようである。県外からは本当にすごいようである。玄関につるしてあった千羽鶴は島根県からで私たちと話をしている最中に「会いたい」とかけてきた電話の主は岐阜県からであった。そういう中で何度も来る妻には相当の親しみを感じているようである。次に来る時は、だれか仲間と来るか、生徒を連れてくるかしたいと思う。そして、テープをまわしてきちんと記録しようと思っている。もちろん、授業にも活かしたい。でも、今回も「挨拶のつもり、顔つなぎ」と言いながらちゃっかり1時間も話し込んでしまった。浜園さんは最後、送ってきたばかりの戦争関係のVHSテープを3本、封もあけずに「これも使ってください」と渡し「子どもさんはいるんですか?」と聞いてきた。2人いると聞くと「子は宝ですから」とニコッと笑い、奥さんにお菓子を持って来させた。
 夏の最後の貴重な研修であった。浜園さん、純真な人であった。あ、そうそう大事な事を伝えておかないと。浜園さんは「愛国心なんて言うようになって、困ったもんだと思っています。ああいうことを言い出すとろくなことはない。教育と環境は人を変えるから。」と言っていました。この人、戦後は航空自衛隊で過ごしたんです。それでそういう事を言うんですから・・・・「どうして自衛隊だったか?」、多分、この人「戦争」ではなくあくまで「飛行機」が好きなんです。少年時代からずっと!私の推測ですけど・・・・
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by yksayyys | 2007-08-30 06:43 | 社会 | Comments(3)

「 涙腺が弱くなった 」

 浜園さんは83歳ということであった。しかし、その記憶力は相当なものであった。何年何月にどういう戦いに参加したか正確に覚えていた。私は、1時間ほどこの方と質疑応答を繰り返した。「朝鮮人はいたか?」この質問に対しては「陸軍にはいたが、海軍にはいなかった」と答えた。そういえば知覧の特攻基地からは朝鮮人兵士が多く飛び立ったが、知覧は陸軍の特攻基地であった。「陸軍と海軍は全く別の作戦で一緒に行動するとか連絡しあうことはないと聞いているが?」と聞いてみた。「その通り。全くない。」と答えた。あと、車で岩波新書「戦艦大和」を読んでいたので大和についても聞いてみた。「ああ、トラック島で乗せてもらったよ。樽みたいな大きな船だった。あれはいい船だった。プリンスオブウェールズみたいな。」日本軍が撃沈して得意になったイギリスの戦艦を持ち上げるところが面白いと思った。この浜園さん、テレビ・新聞から引っ張りだこである。9月1日の夕方からは鶴瓶の番組にも出るそうである。新聞はこの夏で2回は見た。が、あまりに多くて本人は本番を見なかったりするそうである。ただ、講演などはこの2月から断っているそうである。理由は「体が言うことをきかなくなった」とのこと。そして、こうも言った。「私は気が強い方でしたが、最近戦争の話をすると涙が出るようになった。だいぶ涙腺が弱くなった。」・・・・・この方についてまわる「最後の生き残り」という言葉が妙に現実味を帯びたような気がした。
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by yksayyys | 2007-08-30 06:42 | 社会 | Comments(0)

「 条件は揃っていた 」

 浜園さんは訓練機関が短かったとはいえ、プロのパイロットであり、台湾、フィリピン戦線で実戦経験を積んでいた。しかし、戦争末期に特攻隊に来る者には若い未熟な者が多かったという。学徒兵に師範兵、この人達をさして「死ぬ条件が揃っていた」という。「技術がないうえに、飛行機はオンボロばかり、しかも爆弾を2つも積まされる、こりゃあ死ねと言っているようなもんですよ。」本来、250キロ爆弾は1つしか積めないのだが、特攻隊は2つ積まされる。当然重量が増し、操縦は困難になる。その状態を浜園さんは「自転車の前に子どもを乗せて荷台に奥さんを乗せて運転しろということですよ。」と言った。そして、大西瀧次郎らの名前をあげ「ひどい作戦をたてたもんだと思いましたよ。」と言った。そして「神風」という言葉についても、「近代戦を神だのみで戦うなんて信じられない」と言った。その当時からそう思っていたという。そして、自分以上に特攻隊となった戦友の身を案じていた。「結婚したばかりの人もいてね。気の毒でしょうがなかった。」と言った。浜園さんは、軍指導部を厳しく批判し、天皇の指導力についても苦言を呈していた。総じて心情的には保守的な浜園さんであるが、「無謀な戦争を強いた」ということに関しては容赦はなかった。
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by yksayyys | 2007-08-30 06:41 | 社会 | Comments(0)

「万分の1も勝てる見込みはないと思った」

 浜園さんは17歳で海軍に入る。「飛行機が大好きだったし、何せ戦争中でしたから」と言う。通常は2年かかる訓練を、岩国で2ヶ月で終え台湾にて初飛行を行ったという。そして、「地獄を見た」というフィリピン戦線に参加する。そこで「万分の一も勝てる見込みはない」と思ったそうである。どの場面かというか、アメリカ軍がフィリピン本土に上陸する場面である。海じゅうを埋め尽くしたアメリカ軍の艦船と近代的な装備、そして整然と上陸してくるアメリカ軍を飛行機から眺め、つくづく思い知らされたとのことであった。私は「それを誰かに話したことはありましたか?」と聞いたが「いや、心の中だけで思っていました。」と答えた。そして、被弾もし、ようやく本土に帰った時に特攻隊にさせられたということであった。「志願」というのは嘘っぱちであり、上官が特攻隊になる人間を名簿で示してきたということであった。浜園さんは言った。「死ぬのは怖くなかったが、まさか前線から帰還したばかりの私を特攻隊に指名するとは思わなかった。」当然、上官を恨んだそうである。「喜んで志願したなんて、そりゃあ嘘ですよ。」間違いなくそう言った。
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by yksayyys | 2007-08-30 06:39 | 社会 | Comments(0)

特攻隊の生き残りの方にインタビュー

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 今日、喜入まで妻とインタビューに出かけてきました。誰にインタビューかというと「特攻隊最後の生き残り」と言われる浜園重義さんです。「ホタル」のモデルにもなった人です。妻は12年前からの知り合いで、研究授業をする際に学校に呼んで講演をしてもらったりしたそうです。
 昨年、妻が再度「特攻」の授業をする時にビデオを借りていたのですが、それを返しに行くと聞いて私がノコノコとついていったというわけです。出版社の友人に頼まれた「慰霊碑調べ」に役立つ情報を得ることと、2学期の授業に協力をもらえるよう「顔つなぎ」をするためでした。収穫は大でした。内容はこれから少しずつ紹介していきます。
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by yksayyys | 2007-08-29 17:47 | 社会 | Comments(0)



ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・
by yksayyys
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